赤い電車は臼い線

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2017年 03月 04日

200系

17形DRCの部品流用で生まれた200系も、既にデビューから26年の四半世紀超えとなっています。まあ100系の1年後の生まれなので当然ですが・・・。

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※1990(平2)年11月15日 本郷台 輸送番号:甲178 9968レ

そしてこちらの画像、撮影年月に注目・・・デビューの前年です。当時のメモに車番が無いのですが、1990年の11月時点で落成した200系は、東急製の201Fとアルナ製の202Fのみ、且つ本郷台を甲種輸送で通過するのですからアルナ製は考えられず、よってこの画像でEF65 1044の後に続くのは201Fと見てまず間違いなさそうです。

蛇足ながらEF65 1044の右隣にチラ見しているのは、タキ3000等の「米タン」を連ねた田浦貨物です。この頃でも不定期運行だったような(荷が無くても単機回送はあった?)記憶があったりも無かったりもするのですが、兎に角こんな豪華?なシーンもあったという事です。
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折角の新車のお顔を機関車のパンタ摺板から発せられるカーボンの飛沫できちゃなくしないよう、意図的に入れ替えて先頭車同士を向い合せにさせています。実車では営業運転開始後に先頭車同士が連結した事はあったのでしょうか(非常時等に)。
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※1992(平4)年7月29日 小菅 「りょうもう5号」

200系は1991(平3)年2月1日に就役し、最終的に209Fまでの増備プラス完全新造の251Fと、計10本が揃えられました。画像の1992年7月時点ですと、205Fが最新落成車で営業運転開始しているかどうかというタイミングですが、ほぼ18形と勢力的に半々であった時期と言えます。
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※2012(平24)年1月21日 浅草

果たしてウチが200系に初めて乗車したのは、実車のデビューから21年目を迎えての、倶楽部の新年会往路においてでした。
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やってきたのは200系としては最終増備車の209Fでした。浅草駅といえば・・・コレは欠かせませんねw
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終点の赤城まで乗車・・・ホームでは200系同士が並びました。
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200系も主電動機や台車関連は17形のものを流用しています。しかし一口に流用と言っても、その台車の経年度合いは、1700系が昭和50年代の交換、1720系は前期は昭和40年代の交換、後期は新造時からのもの等々、幅が広くなっています。検査時の振り替えなども否定できないわけですが、少なくとも30年以上~50年近くの範囲での経年があると見られ、今後何らかの動きがあるのか注目されるところです。

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by odoriba96 | 2017-03-04 11:43 | 記憶のレール(民鉄その他) | Comments(0)
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