2017年 03月 21日

北総(住都公団)9000形が遂に!

鉄コレでまさかの製品化です!!

おったまげですね~。「価格未定」ってのがビミョーにコワい?まさか「時価」なんて事はないでしょうが(爆 某氏あたりは入手決定と思われますが、ウチは四直では京急以外の入線は収拾がつかなくなるので、有井の都営5300を例外としたほかは入線させていませんから、この9000形は指を咥えて眺めるだけです。しかしそうは言っても、鉄コレ伊豆急100系4連2種や、カトーキハ110系小海線似非国鉄色など、私的に押さえるべきアイテムはちゃんと予約していたりもします。

それはさておき、鉄コレに於いては京急1000(Ⅰ)、京成3500未更新に続いての四直アイテムである9000形、その記録を拙いものですが全部出しで製品化を祝しつつ、勇退した実車を偲んでみましょう。
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※京急川崎 9018編成

この9000形を語るうえで忘れられないのは、やはり2000形からの改番でしょうか。他にも京急入線に際しての先頭車電動車化や、8連化による中間車増車など、パッと見の外観以上に時期時期での変遷がハゲしかったりもします。ウチは2000形時代の記録が残念ながら無いのですが、画像の9018編成の貫通扉に掲げられた「住宅・都市整備公団」のエンブレムが今や目に沁みます。行先が「急行 西白井」であるのが何だかレアですが、デフォでこの運用があったという記憶の反面、何らかの理由で誤ってこのコマで停止し、その後正しい表示に再セットされたような気もします。何にせよもう20年以上前ですか・・・(汗
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※京急蒲田 9008編成

こちらも住都公団時代の記録ですね。画像の京急蒲田は言わずもがなの地上時代で、空港線は部分単線の今や想像もつかない時代です。空港線の羽田(→天空橋)開業後約1年は8連の入線が許されなかった事は周知の通りですから、これはそれ以後の記録という事になります。
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※糀谷 9018編成

「急行 泉岳寺」の行先がこれまたレアですが、こちらは冒頭の「急行 西白井」とは異なり、デフォでの運用で存在しました。見ての通り住都公団のエンブレムは撤去されていますから、都市基盤整備公団への改組後でしょう。
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※品川 9018編成

北総車の「特急」が登場するようになったのは1998(平10)年の羽田空港駅(→国内線タ)開業からで、その後には「快特」運用も現出したはずです。9000形の印象いうと、まず四直車両にしては垢抜けすぎていて関西民鉄っぽい外面であったり、座席袖仕切りがFRP?のような材質の板状のもので、見た当初は大変珍しく感じたものです。
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※糀谷 9008編成

空港線内での「蒲田行」ですから、当然のように線内のシャトル便です。この頃はちゃんと素直?に種別を「普通」としていますが、確か羽田空港開業前のシャトル便は、その運用内での前後の種別を継続して表示していたので、例えば京急1000(Ⅰ)によるTH運用では「急行 蒲田⇔羽田」という、通過駅が無いにも関わらず何とも妙な表示をしていたものです。

この糀谷も地上時代の記録ですが、これよりも遡った以前の糀谷は真っ直ぐな線形で、画像のように湾曲していませんでした。これは糀谷の狭いホーム上に跨線橋を設置するにあたり、その「設置シロ」を稼ぐためにわざと曲げたのだそうです。高架化でそれが解消して昔の直線線形に戻ったのは因果でしょうか。
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※糀谷 9008編成

上画像の後打ちです。蒲田での折り返しに備えて既に字幕が「羽田空港」にチェンジされていますw この先は駅伝も通過した踏切を挟んだ部分単線区間で、この9008編成も対向列車の行き違いで低速走行であったはずです。いまや蒲田界隈の様相は激変し地上時代の景観は過去のもの。そして9000形自体もとうとう消えてしまいました。10年ひとむかし、20年おおむかし、30年別世界なんていうのは、決して大仰でない気がします。
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最後に、ウチが有するパスネットカード(使用済)。9000形はそのデザインにも採用されました。

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by odoriba96 | 2017-03-21 13:19 | 記憶のレール(民鉄その他) | Comments(0)
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