赤い電車は臼い線

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カテゴリ:実車趣味(JR)( 42 )


2017年 06月 01日

貨物列車の表情~2017年6月の場合

過日に入手したJトレ付録の時刻表を参考に、行動半径を拡げない範囲で撮影に逝ってきました(何
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※2017年6月1日 戸塚 5097レ EF66 106

先ずの下り貨物は「サメ」と呼ばれるロクロク100番台のうちでも、丸目ライトで更に「サメ」っぽさが加味された前期型の102号機!
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※2017年6月1日 東高島~桜木町 86レ EF210 172

メガロポリスの貨物はややインターバルが開くので、UTで10分乗車して横浜へ。改札を出て10分程度でお約束の高島水際線(たかしますいさいせん)公園に出ます。
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※2017年6月1日 東高島~桜木町 86レ

このロケーションをタンカートレインが静々と往くのは違った意味での迫力があり、ともすれば非日常的ですらあります。
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※2017年6月1日 桜木町~東高島 85レ EH200-10

ここまでの3カット、全て牽引機が違うのは半分「偶々」ですねw 冒頭の5097レは吹田区のEF66運用という事でアタリをつけたわけです。
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※2017年6月1日 桜木町~東高島 85レ

タキ1000のツートンにも画像の後部2両のように、ENEOSマークもエコレールマークも貼付されていない個体があるわけですから、カトーで再生産を・・・えっ、富のを買えって? 確かにそうなんだけど、多分この界隈では品薄なんだよなぁ・・・今更気づくのがどうかとしていると言えばそれまでですが(爆 
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さて、再びスタート地点の戸塚に戻ってやはり吹田のEF66持ちの上り貨物5052レを待ちますが・・・来ません。ウヤかはたまた遅延か、遅延だとしても5分10分のレベルではなく、結局この後の別列車の待ちでもとうとう姿を見せなかったのです。画像は無関係?な下り貨物の1155レです。
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※2017年6月1日 戸塚 5075レ EF66 102

駅を出て冒頭の場所に戻り5075レを迎撃!これまた吹田のEF66持ちの運用で、稀少のゼロロクなぞ期待できない最中では100番台が来るのが当然としても、またもやの前期型で 「サメ、大漁」 ですw 100番台全33両のうち、前期型は8両のみなので、これは結構ツイている?前期型は8両全てが1989(平元)年落成の車齢28年選手ですが、全機現役でますます健在であってほしいものです!
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※2017年6月1日 戸塚 5095レ EF66 109

そんな事を言っていたら後期型のファーストナンバーである109号機が登板し、アピール! さすがに3チャン前期型とは行きませんでしたが、後期型もバリエーションでゲットできて「撮れ高」はまずまずといったところです。そしてこの5095レと手前の5075レの間に、あの愛知のEF64-1000牽引の3075レがあるのですが、これもまた先の5052レ同様ウヤなのか遅延なのか、姿を見せませんでした。

以上が本日の記録ですが、見ての通りネタガマも注目ガマもありません。ごくごくありふれた、日常のシーンそのものです。しかしそういった何でもないような記録が、やがて幾霜星を経て重みのあるものになる事をウチは「熟知」しています。何百、何千、ともすれば何万のファインダーに捉えられ、メモリーカードに収まるネタ列車よりも、かけがえのない被写体が実はあるのだという事です。

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by odoriba96 | 2017-06-01 21:51 | 実車趣味(JR) | Comments(0)
2017年 05月 30日

EF65 2139

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※2014(平26)年8月19日 戸塚

実車はいまや国鉄色へとリバイバルし注目を集めていますが、この頃はありきたりのJRF色であったという。ある日を境に、なんでもないトーシロが思わぬスターダムにのし上がるというケースは、人間界でも鉄道界でも想定しうるものでしょう。

しかし、共通して言えるのは 「もう、あの頃には戻れない」 という事なんでしょうね・・・。

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by odoriba96 | 2017-05-30 20:52 | 実車趣味(JR) | Comments(2)
2017年 05月 22日

今日も定刻・・・!

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何十年来と見てきて「空気」のような存在のメガロポリスのフレートライナーも、「意識して」見ると凄い迫力のある事に気づかされるの。そんな5月22日。

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by odoriba96 | 2017-05-22 23:56 | 実車趣味(JR) | Comments(0)
2017年 04月 21日

指摘厨ホイホイのお味は?~本当にあったこんな編成

実車趣味はリアルタイム、9ミリ(Nゲージ)趣味はプレイバック90年代!が止まらない今日この頃です。今月末にも各社から9ミリのニューアイテム/再生産品が相変わらず暴力的な勢いで世に出てきますが、それらは取りあえずスルーして、90年代アイテムの買い付けに走りたいと考えています。

さて、実車趣味では「模型のような編成」という比喩を見たり聞いたりした向きも少なかろうと思います。そもそも「模型のような編成」とは何か?ウチなりの解釈としては「規則性を無視した編成」という事になろうと思います。他方、「法則性」は守られねばならないと思います。例えばクハ103-モハ102-モハ102-クハ103などという編成では自走できませんからねw

今回は90年代の「鉄道ファン」誌から、「模型のような編成」かどうかは兎も角として、今見ても「異色」な編成を少しばかりですがピックアップしてみる事としました。これらを某P店のような無法地帯で展開すれば指摘厨ホイホイ待った無し!です(何
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※「鉄道ファン」誌1994年2月号(通巻№394)より転載

昨今のプレハブスタンダードトレインの始祖として崇め奉られる901系、それからの直接派生である209系0番台と113系1000番台スカ色の併結試運転というトンデモエピソードは、若い世代からは都市伝説レベルと捉えられてもおかしくないもの。ですがそれは「事実」です。1993(平5)年11月の事。
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※「鉄道ファン」誌1994年2月号(通巻№394)より転載

この時の採集データを反映して、E217系の量産先行車である第2編成に「異車種読換併結装置」が組み込まれたのでしょうが、結果それが発展することはありませんでした。、ウチが工房の頃下校後にいまはなきネコス工業の脇あたりで、やはり113系1000番台とE217系の併結試運転をライブで目にし撮影しています

模型では209系0番台は兎も角、113系1000番台のマトモな市販品モデルがあったという記憶が無いので、再現度のハードルは微妙に高いかもしれません。
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※「鉄道ファン」誌1993年8月号(通巻№388)より転載

木次線に入線したキハ65「ゆぅトピア」ですが、中間にキロ28?を挟んだ3連がユニーク。そしてそれがキハ52 128の定期列車に併結されればもっとユニーク!です。1993(平5)年4月の事。
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※「鉄道ファン」誌1993年8月号(通巻№388)より転載

DCジョイフルトレインの類が定期列車に併結というのは言うほど珍しかった記憶は無いのですが、このケースの場合は定期列車が民営化後を経て廃車まで国鉄気動車標準色を纏ったキハ52 128であること、そして展望室を有すキハ65「ゆぅトピア」独特の先頭部との併結等、ポイントとなる点が多い事です。

模型では「ゆぅトピア」は富がラインナップしており、先頭部は当然として中間連結妻もTNカプラーなので、キロ28?やキハ52を富製で揃えれば簡単に再現できます。動力車は「ゆぅトピア」がトレーラーなので、キハ52頼みにするのが無難でしょう。
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※「鉄道ファン」誌1994年2月号(通巻№394)より転載

もう一つ「ゆぅトピア」絡みです。撮影区間が岡崎~西岡崎のJR東海エリアという段で、単なる出入場列車にありがちな「お纏め回送」ではなく、れきとした団臨であることが判ります。1993(平5)年11月の事。
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※「鉄道ファン」誌1994年2月号(通巻№394)より転載

編成は「ゆぅトピア」がキロ28 6001(「たかやま」色の一段下降窓)とキハ58をサンドイッチしたもので、形式の字面だけですとキハ65-キロ28-キハ58-キハ65と、ありがちな(どちらかというと九州っぽい)気動車編成にしか見えないのが面白いです。見た目はカラフルですが全車キハ58系なので、組成上は全く問題無し。「規則性」は感じられませんが運転上の「法則性」は守られています。

模型では富製で全車揃えられれば完全再現も夢ではないでしょう。キハ58の車番が不明ですが、写真では平窓車と判定できます。動力車もキハ58が無難と考えられます。
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※「鉄道ファン」誌1992年2月号(通巻№370)より転載

北海道新幹線2017年時点の終端駅である「新函館北斗」、その旧駅名は写真記事の撮影駅である「渡島大野」でした。それはさておき、キハ183-1550を手前にした特急「北斗」の堂々たる10連ですが、記事内容の通り大変な編成となっています。1991(平3)年11月の事。
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※「鉄道ファン」誌1992年2月号(通巻№370)より転載

手前の増結3両は、キハ183-1550、ハイデッカーグリーン車のキロ182-500がダブルというもので、その奥に基本編成の7連が繋がって計10連、ハイデッカーグリーン車は基本編成内にも込まれていますから、何と10連中3両がキロ182-500というウルトラC編成なのです。模型では・・・言わずもがなですね。キロ182-500を調達するハードルが高そうですw
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※「鉄道ファン」誌1992年2月号(通巻№370)より転載

1991(平3)年7/13、9/14・22、10/5・12・19日に下り列車、その翌日に上り列車として、秋田~函館間に他客臨急行「ハーバー函館」が運転され、編成は盛アオの14系ハザ3連ないし5連だったそうです。うち、3連での運転時ですが・・・
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※「鉄道ファン」誌1992年2月号(通巻№370)より転載

機関車側からスハフ14-オハ14-オハフ15という組成ですが、記事キャプションでも触れられている通り最後部のオハフ15の向きに注意!です。旧形客車における「フ」や荷物・郵便車は妻面両端に尾灯を有していますが、14系ハザは果たしてどうか?結論から言ってしまうと新製時には連結妻側に尾灯は備わっていないようですが、後天的に追設したケースはあるようです。
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※「鉄道ファン」誌1992年2月号(通巻№370)より転載

この「ハーバー函館」充当車の連結妻に尾灯があったか否かは不明です。但し仮に尾灯が備えられていなくとも、後部標識版(反射板とも言われる赤い円板)を掲げれば運転取扱い上は何ら問題無いと考えられますので(当時)、恐らくそうした可能性もあると思います。模型では牽引機を含めて製品化されていますので、入手性を別にすれば再現性のハードルは低いでしょう。

妙な言い回しかと思いますが、実車の編成が「ある意味模型を超えている」的なニュアンスを孕む、そんな瞬間があったかと思います。今回ここに商業誌からの転載ではありますが、90年代に繰り広げられたそんなアンビリーバブルな世界の一端に触れ、趣味性における90年代の偉大さと、模型的な再現幅の可能性が噛み締められればと思います。

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by odoriba96 | 2017-04-21 12:29 | 実車趣味(JR) | Comments(2)
2017年 04月 16日

マイアミの夕日・・・はどうでもイイとして、追記!!

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E235の量産車が遂にロールアウト云々したのを知ったのは数日前ですが、これでいよいよ捻出捻出の連鎖で、武蔵野の205が台風の目となるのか?

それはさておき、115系信州色の冷房車の全体像が云々かんぬんの記事に追記しました!現長野色への塗り替えスタート時期と、そのソースに関するものです。ウチの青春時代という大きな大きな贔屓目もありますが、やっぱ90年代は色んな意味でブッ飛んでいた!!その証人は、ウチ自身です。

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by odoriba96 | 2017-04-16 20:53 | 実車趣味(JR) | Comments(0)
2017年 04月 15日

115系信州色(初代長野色)冷房車の全体像が

・・・見えてきた、と言ったら大袈裟でしょうか。
巷間一部では「存在しない」とされてきた115系信州色の冷房車についてですが、前回はその存在の動かぬ証拠として長モトのR3編成(クモハ115-1013+モハ114-1018+クハ115-1012)の存在について触れましたが、今回さらに長ナノのN編成にも存在した事を伝える商業誌が出てきました。
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「鉄道ファン」誌1992年6月号(通巻№374)です。
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※「鉄道ファン」誌(通巻№374)より転載

出ました、東急インの旧ビルをバックに湛えた上田停車中の115系信州色・冷房車です。以下、記事内容を全文引用します。

(以下引用)

これまで「冷房化準備工事車」のみであった長野地区の115系に、冷房車の姿が見られるようになっています。これらの車両は、冷房化準備工事済車を改造したものではなく、211系投入により余剰となった新前橋・小山区の115系を転属させたもので、3月3日までに以下の12両を確認しています。いずれも配置は長野総合車両所です。

<湘南色、旧新前橋区配置>
クモハ115-1015+モハ114-1020+クハ115-1014

<信州色、旧小山区配置>
クモハ115-1563(モハ115-1073)+モハ114-1137+クハ115-1091
    〃  -1564(  〃  -1125)+  〃  -1209+   〃  -1249(-1158)
    〃  -1565(  〃  -1126)+  〃  -1210+   〃  -1242

●編集部から:編集部で確認したものを補足、整理します。(投稿者)さんからの投稿の通りですが、あと2本が存在します。

<湘南色、旧新前橋区配置>
N22 クモハ115-1015+モハ114-1020+クハ115-1014

<信州色、旧小山区配置>
N3 クモハ115-1565(モハ115-1126)+モハ114-1210+クハ115-1242
N7    〃   -1566(  〃  -1009)+  〃   -1030+  〃  -1094
N14   〃   -1562(  〃  -1001)+  〃   -1002+  〃  -1248(-1143)
N16   〃   -1563(  〃  -1073)+  〃   -1137+  〃  -1091
N19   〃   -1564(  〃  -1125)+  〃   -1209+  〃  -1249(-1158)

※( )内は種車番号、N7編成は3月下旬に出場。3月26日の確認です。N22編成も入場時には信州色となるそうです。

(引用おわり)
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※「鉄道ファン」誌(通巻№374)より転載

長モトR3の存在だけでも色めきたったのですが、今回長ナノの信州色冷房車が一挙に5本も明るみとなりました。にも関わらず、なぜ「115系信州色の冷房車は存在しない」といった誤説が出てしまったのか?それは引用記事冒頭にあるように、冷房準備工事車のみのイメージがかねてより強かった事に加え、この記事が書かれた年の1992~1993年頃?には「新信州色→現長野色」への塗り替えがスタートしているため、信州色の冷房車というものが印象として残らなかったからなのではと思います。しかし、こうして記事として残っている事実が全てであり、そういったものに対して認識を改める事は極めて大事な事と思います。

因みに長野冬季五輪の開催決定が1991年で、それを契機として現長野色への塗り替えが短スパンで決されたわけですが、その塗り替えスタート時期については1992~1993年頃?・・・と前述したものの、確定的な時期に関しては不鮮明なままです。引用記事内で湘南色のままというN22編成についても、入場時には現長野色への塗り替えがスタートしていた可能性があり、現段階で「115系信州色の冷房車」は判明分として計6本ということになります(しな鉄のS7は除くw)。

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※2017年4月16日追記※
現長野色への塗り替えスタート時期と、それのソースについて明瞭な商業誌を特定しました。安定の「鉄道ファン」誌で通巻№378号、1992年10月号です。てか、特集タイトルに涙いいすか・・・「21世紀へのスピードアップ」だってばよ!!
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※「鉄道ファン」誌(通巻№378)より転載

(以下引用)

このたびJR東日本では、長野支社管内の車両のイメージアップをはかるため、車両の塗色変更を行なうことになり、このほど“あずさ”用183系とローカル用115系が新塗色で登場した。いずれも平成6年までに全車塗色変更されることになっている。なお、“あさま”も全車アコモ車と同様の塗色に統一されることになっている。

(引用おわり)

キャプションによれば、この写真は長モトで1992年7月31日の撮影によるものです。先の115系信州色に冷房車登場の記事の撮影日から僅か4ヶ月程、事態は大きく変わりました。右に写る115系現長野色の冷房車は「R4」と編成番号札が原誌では確認できます。して、以前に触れた115系信州色の冷房車・長モトのR3編成の連番編成ですが、これが現長野色への塗色変更と冷房化が同時施工なのか、それ以前の信州色時にR3編成同様冷房化されてたのかは不明です。ただ、これだけは言える。

「現長野色への(各形式の)塗色変更開始は、1992年7月頃であった」

という事です。

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by odoriba96 | 2017-04-15 15:06 | 実車趣味(JR) | Comments(0)
2017年 04月 09日

そして遂に・・・185系引退へ

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リンクはいずれ消えるので、スクショで部分抜粋です。
もう何年も前から「そろそろ引退らしい」というウワサ以上真実未満?な観測は流れていたわけで・・・。後継が現在中央本線で運用されているE257系0番台というのも観測通りであり、要は中央本線の新型特急車E353系の量産目途がついたという事でしょう。
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185系、地元の車両ですが資料はこの程度です。9ミリ(Nゲージ)モデルも1両も有していません。富製は廃盤、カトー製も中古市場での相場がジリジリと上昇しているようで(おもに犬屋のせい)、入手しづらくなっている感が強いです。
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※横浜にて 斜めストライプ復活前ではなくオリジナルの頃です

185系は全車が1981(昭56)年ないし1982(昭57)年製ですから、2017年現在での車齢は確実に35年以上となります。先の記事でも触れた157系が、クロ157とそれに随する2ユニットを除いた大半の車両が車齢20年に及ばなかったのを考えると、185系は随分と長命だったなと思います。尤も、157系とは使われ方が違えば車体構造も違うのですから、当然の帰結であったと言えばそれまでですが。

ところで倶楽部のお泊りが数カ月先に伊豆半島で催される予定ですが、そこへの移動手段をあれこれ考えていた矢先の185系引退宣告であり・・・まあこれで移動手段は決まったようなもの(何 おそらく最後の乗車になるのではと考えています。

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by odoriba96 | 2017-04-09 20:57 | 実車趣味(JR) | Comments(0)
2017年 03月 15日

最近のある事ない事~京葉線ダイ改ネタほか

件の「東武100系スペーシア初乗車誤認識事件」(通称:スペーシア事件)による自己否定が忙しいのですが(何 最近のネタを小出しです。
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※2009年4月2日 葛西臨海公園

イキナリ過去画像という段でヤル気を感じられませんが(何 この武蔵野線205系による東京~西船橋系統といいますと、かつてはダイヤ乱れ時の京葉/武蔵野系統分離に際してや、マイアミ駅前某園多客対応として特定日の週末に運転される程度のもので、要は不定期の存在でした。
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※2017年3月3日 マイアミ

しかし、今回の3月一斉改正で、遂に東京~西船橋系統が「定期列車」として現出してしまったのです!これは1990(平2)年の東京開業による全通以来有史始まって初の事ではないかと思われます。画像はマイアミのホーム上の掲示ですが、武蔵野線系統の増発をアピールしています。そしてその増発便のイラストがE233系5000番台であるのがミソで・・・
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※2017年3月8日 東京

なんと、京葉線車両即ち10両編成による武蔵野線西船橋行の設定となったのです!しかし、単に「10両編成の武蔵野線」であるならば、以前より西船橋~海浜幕張方面のシャトル便で存在しますから決して珍しいものではありません。しかしこれが「東京側からの設定」としては初物なのです。画像の通り、この日はケヨ34番編成充当にブチ当たるというのが如何にもウチらしい!?
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※2017年3月8日 東京

ウチもこの列車の登場は駅頭の告知で把握済みでしたが、これの送り込み便が退勤後たまに乗車するマイアミからの東京行とは思ってもみませんでした。その便は改正前マイアミ18:08発で始発が新習志野なので、幕張新都心からの帰宅客もおらず空いていて狙い目の列車でした。ところが改正後マイアミ18:07発はと見ればフツーに混んでる!?なんと始発が海浜幕張になってしまったのです(泣 しかもこれが東京からの折り返し西船橋行になるという・・・。
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※2017年3月3日 マイアミ

さてこの東京~西船橋系統、今回は2本が設定されました。画像のマイアミ駅時刻表によれば、赤枠囲みの18:49発と20:37発で、前者のほうが京葉線スジからの立て替えによる武蔵野線増発便となります。しかし西船橋止まりでは「武蔵野線」としての意義がウスいのでは?と思われるかもですが、マイアミから超満員の武蔵野線も、実は西船橋でドッと降車し乗客が入れ替わるという現実があります。しかし東京側での「10両編成の武蔵野線」はこれまで馴染みが一切無いので、乗客は皆8両編成乗車位置で待つのか、マイアミ駅での様子を一度見てみたいものですw

そして後者のマイアミ20:37発西船橋行ですが、これは8両編成の武蔵野線車両というのがまたミソです。ではこの2本の東京~西船橋系統を含む運用を、抜粋してみましょう。以下、2017年3月改正の平日です。

 ★京葉線10両編成
 (前略)
 海浜幕張17:46 → 東京18:24  1732Y
 東京18:32 →  西船橋19:06  2832E
 西船橋19:13 → 東京19:47  2933E
 東京19:52 → 蘇我20:42  快速1933A
 (後略)

 ★武蔵野線8両編成
 (前略)
 府中本町17:54 → 南船橋19:23  1759E
 南船橋19:28 → 西船橋19:34  1958E
 西船橋19:41 → 東京20:09  1959E
 東京20:20 → 西船橋20:49  2058E
 西船橋21:19 → 新習志野21:28  2159E
 (後略)

武蔵野線8両編成の1958Eに注意!なんと1駅列車ですw
首都圏における国電ではこれが最短でしょうか?
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※2017年3月8日 東京

E233系5000番台の上総一ノ宮行と並ぶ西船橋行。それぞれの行先だけ見ると、総武線系統のバイパス線というか補完線としての役割の一面を担う印象を、改めて強くします。
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※2017年3月13日 マイアミ

湾岸ネタでもう一つ、まさかの「快速連続ダイヤ」です。画像のマイアミ発東京方面土休日16時台に注目、16:49発と16:57発が赤色三角印、即ち快速列車です(黒色星印は武蔵野線8両編成)。これは近年では記憶に無い珍現象です。種明かし言うほどではないですが、前者は上総一ノ宮始発、後者は蘇我始発です。この両者間には海浜幕張始発の各駅停車が挟まっているのですが、後者がこれを新浦安で抜いてしまうため、新浦安~東京の区間限定でこのような事になってしまったようです。
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先日入手したGMの東武6050系塗装済みキット、定価の半額程度で値ごろ感はありますが、今更これを買うか?的な印象はやはり否めません(何 画像は8年前に手掛けた野岩60100タイプですが・・・「登場時」なんて仕様にしたおかげで扱いに困るかもしれません(何

それはさておきこの塗装済み6050、よく言われるのはその見た目のウイークポイント。前照灯は小さすぎ、側窓はフチをガラス側成型としたのも相俟って印象がヘン、前面の輪郭がヘン等々、未塗装板キットの出来が秀逸であったのと比しての「劣化」具合が目立ってしまっているようです。しかし、あの塗装パターンが複雑な6050系モデルの普及に果たした「功」は大きいと思いますし、その後の鉄コレモデルの塗装が不安定であることや、GM完成品はキットパーツからの部品流用が見た目多く高額なくせに出来がチープであることを引き合いにしても、「選択肢」としての存在意義は全くゼロとも言い切れないと思います・・・贔屓目かもですがw
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で、その前照灯について「改善案」のヒントを得ました。GM東武8000系一体成型キットで未修繕車を造れば造るほど湧き出るという、箱型のライトケースパーツです。案の定、ウチからも大量出土です(爆
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このライトケースを充てるという・・・なるほど。6050系の前照灯パーツは前面ガラスの開口部に嵌め込むものですが、この開口部を拡大してライトケースパーツを裏から差し込むか、はたまたライトケースパーツをスライスして表から接着するかに二択でしょう。ウチ的には後者のほうが確実かと感じます。
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こんなパーツも発掘されました。ワンマンスピーカは850系に充当したので使いかけです(汗 2017年の今日にあってはGMの完成品でフツーに2個パン仕様がありますから、それを求めるのが無難ですね。しかしウチは見ての通りの捻くれ加減ですから、そんな概念はありません(爆
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最近、完成品の入線が無い?まさか(爆
画像の通り、よくわからない事をして遊んでいますw
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※2017年3月14日 新橋

昨春から耐震補強工事に伴い改築されていた新橋養老が、去る3月9日に「一軒め酒場」へとチェンジして再オープンしました。「一軒め」言うと横浜西口にも店舗がありますが、そこは兎に角テーブルが小さい、テーブル同士が近い、通路が狭い・・・と「詰め込み感」のある落ち着かないイメージなのですが、ここ新橋の「一軒め」は養老時代と変わらぬ余裕のある配置でした。

ただ、オープン直後というのもあるのかスタッフの威勢が良すぎて、キッチンに近い席だと人によってはかなりやかましく感じるかもしれません。ま、ウチの場合は自身のメートルを上げてしまえば気にならなくなりますがw 「一軒目」は養老よりも価格帯でワンランク落ちるので、やはり安いです。新橋養老不在のこの1年間は代替店舗に通いましたが、そこでの割り勘額が大抵¥3000~¥4000代であったのに、今回「一軒目」でいつも以上の長時間粘って、その割り勘額何と¥2000代であったというのですから驚くべきものです。

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by odoriba96 | 2017-03-15 10:39 | 実車趣味(JR) | Comments(4)
2017年 01月 16日

285系と潮見の支柱(何

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本日出勤時、乗車したいつものUT(上野東京ライン)東行が、東京到着直前に軽い足踏み・・・。案の定というか刹那の直感通り、8番線を285系「サンライズエクスプレス」が塞いでいましたw

東京口で早朝に何らかの輸送障害があった場合にはままあるシーンなのですが、本日は無問題・・・そういえば関西~中京地区での降雪がありましたからその影響でしょうか。実に約1時間半遅れです。
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一方こちらは比較用?の、本年1月6日(金)のやはり遅延で東京に到着したサンライズ。これも本日とほぼ同時刻の約1時間半遅延ですが、何がなんだって異色なのは、9番線に入線させている事です。サンライズの遅着は結構目にしていますが、9番線入線パターンはウチが目にした限りではこの時のみです(現時点で)。
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昨年11月の記事でも触れた、京葉線潮見のイエローストーンヘンジですが、遂に正体を現しました。予想通りというか見たまんまで、やはり新設上屋の支柱に関わるものでした。流れ的に予定調和で正直面白くない?のですが、よく考えてみると東京至近の駅で今更ホームの上屋延長というのも聞かないですよね・・・。そう考えるとやっぱ面白いというか、色々変わってきたんだなぁと思います。潮見が開業したのはウチが厨房の頃だから、そりゃ変わりますよねw

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by odoriba96 | 2017-01-16 21:59 | 実車趣味(JR) | Comments(2)
2016年 12月 10日

本日は・・・マイアミに「NO.DO.KA」来たる

本日もマイアミ(通称:舞浜駅界隈)へご出勤ですが、ウチが東京から乗車した京葉線の発車と入れ替わるタイミングで、隣の線に485系が入線してきました。485系言うても・・・アレです、ジョイフルトレイン(死語)のアレです。「ゲロゲロゲロ~」というか「ショワワワワ~」といった感じのコンプレッサーの音色が響いて懐かしい気持ちに駆られました。

で、その485系を折角なのでどこかで撮ろうと思いましたが、潮見、新木場、葛西、マイアミの各駅ホーム端は案の定激パ!まあ珍客なので無理も無いですが・・・。んでセレクトした場所は、2014年3月2010年11月にも撮影したこちらです。
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そして程なくやってきました・・・「NO.DO.KA」です・・・っていうか、どこに居てるのー!w
景色中心のフレーミングは結構ですが、肝心の被写体が小さすぎるのは困りものです(爆
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そして武蔵野線とこんにちわああああああああああああ(涙


しかし意外というか想定外だったのは、この場所でウチ以外に先客が2名居た事!マイアミ駅ホームからのワンパターン構図を脱却しようというフロンティアスピリットがあるというか、ちゃんと「こだわり」を有した撮り鉄も居てるんだなと、ある意味心強く感じました。

とまあ、これでは締まらない?ので、いにしえの糞画像でテキトウに纏めます(何
この「NO.DO.KA」の前身が欧風電車「シルフィード」である事は周知の事実ですが、この「シルフィード」は構体を車両メーカーで製造するも、最終的な艤装や塗装はJR自身(新津)でなされた・・・というのはwikiナントカでも触れられている通りです。以下はその「構体」の甲種輸送の記録です。
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・1990(平2)年1月27日 本郷台

我が故郷本郷台は、東急車両から出場する甲種輸送をキャッチするチャンスの多い、またとない立地でした。画像の錆止め塗料というか下地のまんまの構体は、当時「新潟ジョイフル」としか報じられなかった対象であり、これをそもそも「車両」として捉えて良いのかどうか微妙なとこもありますが、兎に角「甲種輸送」の扱いでした(因みに「乙種輸送」というのは車両の一部分(部品単位・・・側板のみとか?)を輸送する際に用いる呼称らしいです)。
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DE11の2000番台とヨ8000に挟まれた謎めかしい「新潟ジョイフル」の構体は、「東急車輌」の目貼りとも相まって平時の甲種輸送とは一線を画す異様な雰囲気がありました。この構体は言わずもがな、後に「シルフィード」の中間車であるモロ484-1(現:モハ484-701)となり、同年9月に「シルフィード」の一味として営業運転デビューするのです。

そしてこの撮影場所ですが、今なら怒られるかもですが、電留線となりの駐車場から線路脇に入る程度であれば、お咎めはありませんでした。あくまでも「当時は」です。それどころか機会によっては駅員サンも立ち会って容認していたぐらいです。あれから四半世紀以上を経て、あの構体の完成形とウチが未だに会いまみえる現実に不思議な縁(えにし)を抱く思いがします。
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by odoriba96 | 2016-12-10 21:50 | 実車趣味(JR) | Comments(2)