赤い電車は臼い線

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カテゴリ:実車趣味(民鉄その他)( 9 )


2017年 05月 23日

川口のデハ236、京急への里帰りの途!!

巷間で散々公にされている、埼玉県川口市青木町公園で長年保存されてきたデハ236の京急への里帰りですが、某氏のレポの通り無事に昨晩旅立ったそうです。

弊ブログのデハ236撮影画像が情報番組で取り上げられた記事はこちら
その2008年2月18日訪問時のデハ236の記事はこちら
ついでではないですが、油壺マリンパークにかつて保存されていたデハ249-250の記事はこちら

さて、ハナシはこれで終わり?ではなく、某氏からのタレコミによればデハ236の里帰りは滞泊を伴うものであり、運送会社からして某所にて滞泊するのではとのこと。それは是非見てみたい!ということで、本日の公休日に連休でもないのに出向いてきました。京急の実車を追う事は殆ど無くなりましたが、やはりウチにとって「昭和の京急」は今でも胸ときめかせるコンテンポラリーなのでしょう。でなければ、どうして足を運びましょうか?
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本日もアツくなりそうなので、熱中症対策を万全にしてお出かけです。
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現地界隈に着きました。って、場所を伏せても画像でバレでしょうw

ところがアタリをつけていたポイントには確かにそれと思しき敷地はあるも、デハ236は影もカタチもありません。こりゃ公道から目に入らないエリアに押し込められたか?とも思い、某氏に結果報告としてメールを送信しつつ、それでも諦め切れないウチがアタリとは全く別方向へと歩いていたら某氏より直電w ウチが居るポイントの状況を説明していましたら・・・
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!!!!!!


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いたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!


ブルーシートに覆われた細長い躯体なぞ、そうそうあるもんではありません!!見誤ろうはずもなく、あれは滞泊中のデハ236そのものでしょう!!
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接近します!!画像真ん中でブルーシートから顔だけががコンニチワしているファニーな躯体は、デハ236!!1930(昭5)年3月生まれの御年87のご老体は里帰りの途でくつろいでいる様子です。周辺に他の同業者はネズミ一匹居らずで、まあ動かない電車に興味を抱く向きが少ないのは無理からぬことです。
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ズームアップ!!青木町公園からの旅立ちに際して掲げられていた素敵なメッセージボードもそのままです。現役時代はここに運番や種別、海水浴特急のヘッドマーク等を掲げていました。
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ウチが青木町公園を訪れた機会は2度あり、その当時は残っているだけで「もうけもん」と感じましたが、その未来のルートの一つとして「京急への里帰り」というのは絶対に想像出来ませんでした。なぜならそれは究極の理想であったからです。世の中、そんな事が本当に起こるのです。
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里帰りの行先は地元「横浜」。この「横浜」というのは修復後の最終的な安住の地と言われるMMの京急本社新社屋の所在を指すと思っていたのですが、どうやら修繕の場が金沢八景っぽいとも聞きます。それゆえの「横浜」でもあるのでしょうね。
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恐らく今夜あたりにここを発ち、横浜を再び目指すのでしょうか。よもやの里帰り、青木町公園で朽ちながら過ごした時間は、決して無駄ではなかったのかも知れません。

さて、今回のデハ236里帰り搬出記念として、ウチが青木町公園2度目の訪問となった2008年2月18日撮影の、旧ブログ未公開画像を以下に蔵出しします。そこには何故川口にデハ236が来たのかを解く鍵が無いかも?(何
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散々言われている事ですが、隣のキューロクは手厚く屋根付き保存なのに、デハ236は・・・でしたね。この当時でも管理者が違っていたのでしょうか?兎に角、半鋼製電車の野ざらしは致命的です。
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南面は言わずもがな、褪色が特にヒドかったです。京葉線の205系量産先行車のカラーテープが、海側だけローズピンクみたいになっているのを見るたびに、このデハ236の状態を思い出させられたのです(違
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それの乗務員室周り。
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連結器周りなんかも撮っていますが、やはり上回りよりはしっかりしているように見受けられました。といってもそれは9年前の事です。
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車内の製造銘板、「昭和四年」と見えますが?竣工届日は資料上昭和5年3月・・・果たして。
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検査板における検査周期の「51-6」は何となく解しますが、「11-2」は青木町公園での塗り直し時期(平成11年2月?この撮影時は2008(平20)年なので)でしょうか。だとすれば当時でも最後の塗り直しから9年経っていた事になります。
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腐れきったロングシートのフトン。客扉はステンレス製で意外性がありますが、ちゃんとマメに大なり小なり手を加えられていたわけですね。デハ236の廃車は1978(昭53)年3月です。
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そのデハ236に関する解説板がこれです。「市民からの強い要望」というのが川口に保存された経緯というか理由の一つと察せられますが、そもそも本当にそんな要望があったのか、ご都合的にハナシを盛ってやしないか、今となっては謎が謎を呼ぶ解説板の内容です。真実は如何に?

いつかデハ236号の修復が了して、何かの機会に目にすることができたらいいなと願っています。

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by odoriba96 | 2017-05-23 20:11 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2017年 04月 19日

横浜市交通局ブルーライン・3000V形!!

言うても、今月頭には営業運転を開始しています。
しかし沿線在であっても、二十四時間監視体制にあるわけではないので、実車を目にできたのは数日前、そして此度のようにコンデジで記録できたのは既に下旬に差し掛かろうという頃合いですw しかし減速時のインバータ制御器の音色が独特で、一目ならぬ一聴?で特定できますねw
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横浜市の1・3号線・・・もとい、ブルーラインの3000形は、1993(平5)年3月のあざみ野延伸時に新製された3000A形が嚆矢。もちろん、当時は「3000形」との単純呼称でした。3000A形のファースト編成は3241Fで、これはあざみ野開業前年である1992(平4)年夏に運転開始した先行試作編成です。3000A形は最終的に3311Fまでの計8本が製造されました。
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此度ロールアウトした3000V形は、これら3000A形の「四半世紀落ちグループ」の置換を目的とされています。いよいよ「3000形で3000形を置き換える」瞬間が来たのです。尤も、3000A形の嚆矢である3241Fから、此度の3611Fまで30本以上の増備を重ねているわけですから(4ケタ車番の中2ケタ、即ち百位と十位が1000形からの通しの「編成番号」)、無理からぬことです。
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車外表示器における次駅表示やフルカラーLED化等、前回導入分の3000S形からは進んでいます。他方、いつまで3000形として増備するのか?という興味もあります。かつての親方日の丸の国鉄よろしく、別形式レベルでのマイナーチェンジも何のそのの勢いで115系や103系、415系を増備したが如く突き進んでゆくのでしょうか(何

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by odoriba96 | 2017-04-19 22:41 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2017年 03月 09日

台湾製糖の巡回車

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横浜駅界隈に用件があったので、そのついでに見てきました。
地元なのでそのうちにと先延ばししていたら・・・もう後が無かったりw
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 原鉄道模型博物館で催されている「台湾の軽便鉄道展」に絡んだ実車の展示で、はるばる現地より運ばれて展示されています。そのビジュアル、手前の人物と比しての通りとってもミニマムで可愛らしいものです。車両用途は巡回車・・・軌道巡察車とも言いましょうか。要はレールカーで、例えばお偉いさんなんかが視察をする際に用いたりしていたはずです。製造年は1921(大10)年で車齢96年を数えますが、現在も動態保存されているとのこと。
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解説板の概略によりますと、ゲージは軽便ではメジャー?な762mmで、車両寸法は長さ3.5m、幅1.8m、高さ1.7mとのこと。但し車両寸法は、足回りを含めない車体本体のみの数値ではないかと思われます。車体標記によれば車番は111、定員は12人、自重は2噸とあり、自重数値が事実であればトラック並みなので、万一の強風で飛ばされたりしないようにか、台座と車両が括りつけられています(というか単に輸送時の緊締状態のままなのかも)。
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側扉は片側面に1箇所ずつ、点対称で配置されています。展示場所で帷子川に面している側の前面の右端窓が、窓枠が落とし込まれていて中の様子が伺えます(車内の立ち入り公開は土日の時間限定です)。
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床面の手前にある水色の四角い張り出し、これは反対側の前面から見た限りではメーターやスイッチ類が配されていました。車内は事業用ですから実用一点張りで、見ての通りDD13のような中央運転台(違 が設置されています。
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ズームアップします。
逆転機、クラッチ、アクセル、シフトレバー、そして銚子電鉄デキ3よろしく制動装置はハンドブレーキオンリーと、原始的な機械式気動車のスペックそのものとなっています。
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前照灯の取付具合が手作り感満点ですw
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車輪が独特というか、スポークでもプレートでもないというか、C62のようなボックスポークなビジュアルです。
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腰板のロゴ、ウイング状のものは「糖台」と見えますから台湾製糖のものでしょう。その下の「ホホ」は一体?
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見ての通りの愛くるしい超木造の巡回車、カワユスなぁ~とハナの下を伸ばしながら舐めるように観察してきました。同博物館に入館せずとも見れるこの巡回車の車両展示は13日までです。

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by odoriba96 | 2017-03-09 18:56 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2017年 02月 24日

過去画像などから振り返る「琴電600形おまとめ」

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※2002年12月 仏生山工場公開にて
左から2番目の613Fは600形としての最終増備編成で、且つ琴電における路線別カラーの嚆矢となった編成です。右端の611Fの如き「コトデンそごうの包装紙デザイン」カラーは、これより逐次消滅の一途を辿る事になりました。


先日の一連の讃岐行記事ですが、そこでほぼ触れられていない琴電600形について、ウチの記録を基にウチなりにさらっと纏めて置きたいと思います。なお、実車に関する基本諸元や種車車番等はwikiナントカを参照いただくとして、ここでは糞ブログらしく角度を変えて纏めたいと思います。

・・・続きを読む・・・
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by odoriba96 | 2017-02-24 13:26 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(0)
2017年 02月 05日

東武日光→浅草の特急は午前1本のみしかない件

表題の通りです(何
この衝撃的な一件を知ったのは「今朝」でした・・・。

「こ糞い観光地」× 「国際観光地」〇 であろうはずの日光へのアクセスとしての地位、もはや東武はその座に無いという事か。JRは問題外・・・かと思いきや、新幹線で宇都宮からローカル乗り換えというのが寧ろアリなのか?わからん!!

というわけで・・・
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E26系「カシオペア」がデビューした1999(平11)年のJR時刻表から、東武日光発の浅草行特急を抽出してみます。
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「けごん6号」 東武日光9:55→浅草11:43  ※毎日運転
「けごん12号」 東武日光11:55→浅草13:43  ※運転日「B」
「けごん16号」 東武日光12:55→浅草14:43  ※運転日「A」
「けごん28号」 東武日光16:24→浅草18:12  ※毎日運転
「けごん34号」 東武日光17:53→浅草19:41  ※運転日「A」

運転日「A」=4/21~5/31・7/20~8/31・9/21~11/23・12/30~1/3
運転日「B」=金土日と4/21~5/31・7/20~8/31・9/21~11/23・12/30~1/3


・・・上りの定期が2本だけとか20世紀末から大して変わってません(愕然
というか、ウチのアタマが旧いのでしょうね・・・。日光言うても、結局は温泉地ではないし、鬼怒川のようなオーバーキャパのホテル群があるわけでもなし、いわば「修学旅行都市」なのでしょう。対しての鬼怒川系統は、この1999年時点でも上下とも毎時1本は「毎日運転」です。
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・1989(平元)年12月31日 東武日光

いま改めてアルバムと照合した結果、「1年」のズレがありました。実に人間の記憶というのはおぼつかないものです。この画像の6050系はウチが乗車した「初めての東武電車」だったのですが、この乗車年、ウチはずっと1988(昭63)年と思い込んでいたのです。

1年のズレは考証上で大きな齟齬を生みますが、それはさておくとして、この6050系が「初めての東武電車」という事実に万感たらしめたる思いがします。実はこの時の年末年始の家族旅行における日光行、当時の親の目論みは「特急乗車」でした。しかし当時は糞バブルの余韻真っただ中、手配も試みるも特急は満席で選外となってしまったのです。

もしこの時、特急券が確保できていたならば、ウチは生涯最初で最後の17形DRCへの乗車が果たされていた事限りなし(この時100系「スペーシア」は生まれていません)。そんなこんなで浅草から6050系のボックス席に収まったわけですが、ウチは「鉄道ファン」誌の新車ガイドで聞きしに及ぶ6050系の「折り畳み式テーブル」や臙脂色が鮮やかなシートモケットに魅かれていたので、当時は特急よりも6050系に乗れたことに感激したものです。

果たして2017年、17形DRCはとうの昔に消えましたが、6000系から引き継いだ半世紀超の台車周りを有す(新製車は除く)6050系はいまだに生きています(・・・しかし遂に休車が発生とか)。そんな6050系も、いよいよ去就が注目されようとしています。500系「リバティ」のデビューで東武の優等列車体系もやがて大きく変化する事でしょう。

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by odoriba96 | 2017-02-05 20:45 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(6)
2016年 10月 18日

響け♪ユーフォニアム2・第三回予告ほか



予告動画というのは得てしてミスリードなきらいがありますが、第三回はこれだけ見るとストーリーに盛り上がりが無さそう?まあそうさせておいて裏切るのが予告動画なんですがw ほどほどに期待しておきます。

さて・・・
全くネタ変わりしますが、来年早春の頃に四国行の運びとなりました。
まだ具体的な日程などは未定ですが・・・
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※2011年11月18日 瓦町

お目当てはもちろんこれ!!
思い返せばウチが最後に琴電を訪れたのは→2011年秋以来ですから、無事催行されれば約5年少々振りとなります。

琴電の京急譲渡車でも最古参となる、京急600(Ⅱ)→琴電1070形も2両3本中1本が廃車となったのみで、残る2本のうち1本は何と来年2017年で車齢60年の還暦を迎えてしまいます。一体いつまで走り続けるのか?そしてウチ的イチバンの推し形式である、京急1000(Ⅰ)→琴電1080形も初期冷改車の溜り場で高齢化車界に達し、2両6本中1本が廃車となったのにとどまり、残る5本の車齢も今年現在で57~56年と四捨五入すれば還暦の有様で、こちらもその去就が大いに注目されましょう。
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※2011年11月18日 仏生山

既に戦前生まれの古典吊り掛け駆動車両はイベント用の動態保存車となり、十数年~20年前までのような奇跡の楽園はとうに滅亡しましたが、いまや時代は変わって初期高性能車たちがそのポジションにあります。古典吊り掛け駆動車両群のような1両ごとの形態差には富まないものの、それらの初期高性能車に馴染みと思い入れを抱くファン層は多く、今後も地味?に注目を集め続ける事でしょう。ウチにとって約5年振りの琴電、どうのような表情を見せてくれるのか今から楽しみです。
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by odoriba96 | 2016-10-18 08:29 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2016年 07月 28日

情報番組において弊ブログ(旧ブログ)の画像が使用されました

先日の事ですが非公開コメを通じ、表題の通り当該局の担当者より番組中で画像を使用したい旨、その可否を伺いたいと連絡がありました。早速携帯での直接のやり取りの結果、怪しいもの?ではない事が確認できましたので、画像は使用可能である事とノンキャプションでという旨伝えておきました。そして昨日、当該内容が放送されたようで・・・
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連絡を受けたのはこのレポーターからでした。しかし名前を見てビックリ、同姓同名にしては出来過ぎじゃないか。しかも有名なほうはフリーだが当該局の出身だし。当該局担当者の申し出時の名がコレだったので、もともと疑り深いウチは救いようのないぐらい疑ったのです(爆
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どうでもイイですが、これって汽笛だったの?
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一部では有名になっている川口のデハ236、現所有者が管理放棄するので、タダであげるよん♪というものです。しかし「タダより高いものはない」ではないですが、輸送費は実費(概算¥1000マソ)なうえ個人は受け付けず、法人の譲渡先に限定されるとのことです。
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カトーの説明書じゃあるまいに「末永く」を連呼する現保有者側ですが、それはこのような事態に陥った事への悔恨というか、そんなものを滲ませているように思えた。しかしその「末永く」がいかに難しいか、結果「末永く保存できなかった」当事者であれば重々承知しているはずで、随分虫のいい事を言うよな・・・と感じたのは穿ちすぎでしょうか。
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そして肝心の弊ブログ(旧ブログ)提供の糞画像はこれ。
あのサイズからよく綺麗に拡大できたなと思う。元画像は提供していないからね(というかオリジナルサイズは多分残していない)。その2008年の川口のデハ236保存車訪問記事はこちら。上掲の画像も収録してあります。

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by odoriba96 | 2016-07-28 09:57 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(4)
2015年 07月 21日

続・最近のあることないこと

★また大津か!

といっても本線も今回は絡んでいますが・・・。して何事かと言えば京阪電鉄がユーフォニアムの記念乗車券発売&大津線にお約束のラッピング電車運行!ということ。

大津のラッピングといえば旧ブログにおける「HO-KAGO TEA TIME TRAIN」を追うの記事の通りそれが頂点でありましたが、此度のユーフォラッピングもインパクトはあるも、訪問に値するかという自己判断はNOなんですよね。「けいおん!」の頃は2次元に対する土壌が薄く何かにつけて鉄道とリンクさせるというか、言わばこじつける傾向がウチの中では少なくともあったと思うのですよ。

それも幾年か経てば土壌、大仰に言えばスキルも変化していて、今日日においてユーフォはユーフォそれ単体だけでコンテンツを楽しめるウチが居るのです。よってラッピング電車が走ろうが宇治線沿線に聖地があろうが数千円する紙切れが発売されようが、それらに向かい猪突猛進という気は微塵も起こらず、作中におけるサウンドに耳を傾けストーリーとキャラクターを咀嚼する事こそが、ウチにとってのユーフォに対するベストな本懐となっているのです。
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★まだ生きていた曽根田駅駅舎!

弊ブログに長年遊びに来ていただいている向きが如何ほどかは不明ですが、画像の駅舎に既視感はあるでしょうか?そう、2009年の仙石線103系さよなら運転の帰途に偶然発見した福島交通曽根田駅駅舎です。それにしても6年前とは・・・小学生の例を引き合いに出すまでも無く、何もかもがアッという間です。

この曽根田駅駅舎が何なのかと言えば、旧ブログ記事の末にもある通り「取り壊し→高層ビル化」となるはずであったところ、福島交通自体の会社更生法適用然り、更には2011年における先の大震災などのネガティブにより高層ビル化は計画凍結され、何と曽根田駅駅舎は今なお現存・現役であり、お色直しもされているというのです!

その曽根田駅の近況画像はググれば直ぐに出てきますが、2009年とは異なり屋根板は臙脂、外壁はクリームと明るい装いにチェンジし、そのうえ趣味的には目障りだった清涼飲料水の自販機が正面入り口脇から姿を消しています。果たして、これを訪問の好機と捉えるべきか・・・。




★福島交通1116号のこと

福島から保原・梁川・掛田・伊達、湯野を結んでいた福島交通軌道線。花巻電鉄のそれに通じる馬面風味な電車が何とも風流で、路面電車ファンにとっては印象深いものがあります。その軌道線車両はお約束通り9両が保存車として散ったものの、現存するのは1/3の3両のみで、その中でも特に状態の悪い1116号についてはだて路面電車保存会の手で2008年より修復が開始されていましたが、リンク先の最終記事の通り先の大震災以後暫くして記事更新が途絶してしまい、気にかかっていました。

果たせるかな1116号、何と保原ロータリークラブの呼びかけによる資本注入で今春に復原されていたのです!客観的にはまさに急転直下、それまで前述の保存会が地道に粛々と進めてきた復原作業を過去のものとしてしまうのではないかというぐらいの勢いであり、2014年の秋に協三工業へと運び込まれたかと思えば、プロの手であっという間に修復が進み今年4月には復原成り、もと居た保原に還りお披露目となったのだそうです(→復原後の1116号については「台車近影」でも取り上げられています)。

修復費用は1100万円、それを公募で賄うというのですから当の保原ロータリークラブの影響力もありましょうが、何より実際に復原が成された事が全てでしょう。語弊を承知で言えば保存車両の類というものは、立場が変われば「あってもなくても良いもの」です。だからこそものを言う、いわばその保存車両の命運を決するのは資本なのかも知れません(無論、その車両を残すと言う目的を集約する事が前提ですが)。日本は国土面積に対して、保存車両が比較的多いように感じます。故にか、蒸機であれ路面電車であれ、遊園地の遊具感覚で残したツケが今になって巡っているのでしょうか。
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by odoriba96 | 2015-07-21 18:39 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2015年 07月 18日

横浜市営地下鉄ブルーライン・快速運転開始!

とまあ表題のままですが、まずウチは本日も当然のように出勤、して快速運転のデータイムは横浜不在・・・となるわけですが、そんなナリでも快速運転開始の片鱗を味わう事は可能なわけで・・・
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お約束のウチ最寄りの踊場駅時刻表!
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まずは凡例!

ニ=新羽行、▲は当駅(踊場)始発・・・OK?
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うっわああああああああ!!新羽行&踊場始発大増便いいいいいんんん!!


新羽行は踊場基準でも改正前までは土休日の深夜にしか見れず、踊場始発も平日のラッシュ時や土休日の初電ぐらいでしか存在感がありませんでした。

それが此度大増発というかそうなったのは見ての通りの理由があるわけで・・・
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画像は土休日ダイヤですが、データイム快速運転時間帯の大雑把な流れですと以下の通りとなります(画像は踊場発あざみ野方面行発車時刻表です)

・07分発踊場始発あざみ野行は、11(10)分発快速に上永谷で追い越されます(接続)

・01分発湘南台発新羽行は、11分発快速に新羽で追い付かれます(快速の新羽以北は各駅停車)

・・・ということです。
踊場始発の存在は新羽行の裏返しであり、即ち同義の踊場行が存在するのです。但し踊場には追い越し設備が無いので、上永谷での追い越しとなります(踊場は折返し用のY線が存在)。

これまでのデータイムダイヤは7・8・7・8・・・分ヘッド、即ち「7.5分ヘッド」で8本/1時間であったところ、此度の改正により快速を含めて10本/1時間となり、確かに駅によっては10分空く区間があれど実質的に増便されており、単純に普通を増便するという保守的なプロセスに留まらず、既存の地上設備を活かしてでの快速運転は意欲的であるとウチは捉えています(だが確かに、例えば中田→舞岡乗車だと場合によっては最大16分待ちになるよね・・・当然のように一部区間は不遇をかこう事になります)。

まあ悪意に満ちた人間が大勢を占める浮き世にあっては、これを単に

オナ二ーダイヤ


と捉える向きもあるかも知れませんが、そもそも鉄道ダイヤなんてそんなもんです(爆
スカ線のダイヤ(SSを除く)に接している身からすれば、まだまだこんなもんは序の口ですよ(大爆 スカ線のそれはオナ二ーどころか完全な皺寄せ自虐ダイヤですから。
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因みに快速の運行番号はウチの予想通り「R××」でした。ウラは取ってあります(謎

そんな〆は懐かしき1000形の画像・・・それも朝ラッシュ時の「踊場」行です!
ウチに確か方向幕あったな・・・2000形のかも知れませんが。撮影箇所は上永谷駅で、見ての通りホームドアもない「一世代前」の景です。
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by odoriba96 | 2015-07-18 21:40 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(0)