カテゴリ:9ミリ(民鉄その他)( 35 )


2017年 03月 22日

最近のあることないこと(おもにGM東武6050/2個パン)

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先日ですが、富のコキ106グレーを2両入手。
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富のコキ編成は22両と中途半端だったので、ケースの穴埋めをした次第。コンテナ自体もあぶれていたので・・・。
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先日の日曜だったか。発車番線がミソね。大井町での人身により、客線上り(UT東行)が戸塚~品川間を須線経由としたのです。途中停車駅は横浜・武蔵小杉でSSの高崎系統と同じ。
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過日に入手した「いまさらGMキット」の東武6050。歴代の9ミリにおける東武6050系モデルで最も「似ていない」とされる逸品× 一品〇です。8年前の2009年に同じキットで野岩60100登場時タイプを仕立てていますが、もう組み立てのポイントとかレシピなんかとっくに忘れました(爆

今回は4両ともトレーラーとし、うち1組は2個パンとします。動力車は野岩60100タイプを充てますが、となると前頭部のカプラーを6両とも揃えねばならないわけで・・・。実車が密自連から電磁密連にチェンジしたのが1996~97年の間、そして2個パンの誕生が2001年頃。となると連結器は富でいうJC25あたりに揃えねばならず、野岩60100の「登場時」というアイデンティティは崩れる事になります。尤も、連結器が何であれ野岩60100登場時と2個パンが連結する時点で(ry
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取りあえず御託もそこそこに、ペアハンの2個パン用の洋白製配管パーツをペッタンコします。部分的にゴム系を点付けし、位置決めのうえ瞬着を並列配管の内側や、外側から目立たない範囲に流し込みます。増設パンタはパンタ中心とランボード中心が揃わないのがミソです。
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増設パンタ側屋上の主電動機冷却風取入口は、配管パーツと位置が揃わないので孔埋めのうえ再開孔しています(画像赤枠内)。
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床下機器はキット附属のものはデタラメですが、並べ変えてもデタラメです(爆
とりあえず、キット附属の床下機器パーツは1個も使わなかったというのがミソです(何


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by odoriba96 | 2017-03-22 20:32 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(0)
2017年 03月 11日

海馬に重大な障害

過日、東武100系初乗車なる旨の記事を平然とupしていましたが・・・とんでもないことです。

2010年3月23日に乗車済でした・・・7年前のことです
20年前の事はよう覚えてるのに、数日前の事は・・・とはよくあるハナシですが、本件は事が事だけにショックです。表題の通り、海馬に重大な障害が生じているようです。もう周りに会わせる顔が無いですね、お粗末様でした。


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※2017年3月5日 下今市

って、まあそれはどうでもイイです(爆
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※2017年3月5日 下今市

6050の2個パン、カッコイイよね~。
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それが中古品であっても、イマドキこんなシロモノを求める馬鹿も相当限られるでしょう。
しかしこれだけは言う。ウチが初めて乗った・見た・接した東武電車は、6050系であった、その思い入れというものを。

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by odoriba96 | 2017-03-11 22:12 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(2)
2017年 02月 28日

国鉄臭がすごい~鉄コレ・富士急5000形

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先日中古で転がっているのを見つけた、鉄コレ・富士急5000形です。一般流通のオープンパッケージ品で、2010年の発売ですからもう7年も経ちますか・・・。「工作派気取り」の頃に買いそびれたアイテムの一つです。

この富士急5000形、実車の薀蓄はwikiナントカを参照いただくとして、ウチ的には結構好みの電車です。現在は人面機関車関連のラッピング(これも鉄コレで出ています)が施されてオリジナルの塗色は見られなくなっていますが、何と言ってもこの5000形、民鉄車両なのに

国鉄臭がすごい


です(爆
かといって国鉄乗り入れが考慮されていたのかというと、そういった事実は無いようですから不思議と言えば不思議ですし、そうでもないと言えばそうでもないです(何

ただ少し真面目に考えてみますと、1975(昭50)年といえばオイルショック後の物価高騰期ですから、パーツというか部品を大量生産の国鉄形と共通のものにして、コストカットする意図があったのかも知れません。蛇足ながらこの1975年は、1963年から1983年までの20年間「毎年」落成車があった東武8000系において、唯一「例外」たる落成車の無い年であったりもします。これもやはりオイルショック後の影響なのでしょうか。
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さて模型に戻ります。
買ってきてそのまま置物にしても「眺める楽しみ」がありますが、取りあえずは無難にN化します(何 そのN化というか動力化に際しての注意点ですが、スカートが無い分足回りを引き締める台車スノープロウ、これを動力ユニット側の台車に移植する必要があるわけですが、嵌め込みがキツいからか、パーツ自体が薄手だからか、はたまた発売から7年経っているからかは不明ですが、ウチは外す際にパキッとorz・・・ ただ、パキっと逝くぐらいですから軟プラではなく(軟プラならそう簡単には折れない)、接着して修繕することは可能です。
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鉄コレのN化に際して必ずしも施工しているわけではありませんが、今回は足回りの塗装を施しました(軍艦色②)。車両本体を入手した途上で新品動力ユニットも調達し、翌日にはN化していますからウチの中での鉄コレのN化としては「稀に見る」速さです。こういうのは思い入れも反映されるのでしょうか。
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色々散らかっていますが、フツーはN化でここまで散らからないと思います(爆 ウチが片付け下手なだけですね。トレーラー車のウェイトは淀あたりでも売っている汎用型の板錘で、安心の2枚重ねです。金属車輪もパンタも手許に転がっているモノを適当に・・・。
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アーノルドカプラーをポケットごと台車に装填しますが、そのままですと連結面間が狭すぎです(通過対応曲線にもよりますが)。なので画像の通り、動力ユニットに附属してくるスペーサー(黒色のパーツ)を挟み込んでいます。
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連結妻にはカトーの幌を接着しました。
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富士急行線内ではこんな顔合わせもあったのでしょうか。
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地方私鉄の自社発注車なぞ「もはや望めない」と言われた時期があったかと思いますが、最近では上信7000形や一畑7000系、静岡A3000形など、少しずつですが自社発注車の機運が復活しつつあります。ウチ的な好みでの地方私鉄の自社発注車といいますと、この富士急5000、上信6000、長電OSⅡ(解体しちゃうんですかね)、富山地鉄14760、静岡1000あたりですかね。静岡1000以外が昭和50年代の登場であるのは、色々偶然ではない気がします。やはりその時代こそがウチにとってのコンテンポラリーなのでしょう(国鉄形ですと時代がグッと遡るんですが)。

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by odoriba96 | 2017-02-28 19:47 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(0)
2017年 02月 13日

黒い電動貨車

事の発端はいつだったか、web上であるキーワドで検索していたところ、鉄コレの秋田中央交通のデワを静岡鉄道のデワに見立てた作例があり、塗り替えでかくもイメージが変わるのだなと瞠目しつつ、二匹目のドジョウか三番煎じかは判りませんが、早速手許でも再現してみる事にしました。
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買ってきました。
鉄コレ10周年記念アイテムの一つである、秋田中央交通のデワ3002+ナハフ20です。ナハフは軽量客車っぽい形式記号を有していますが、出自は見たまんまで国鉄キハ41000(→キハ04)です。パッケージタイトルに「旧塗装」とありますが、これの「新塗装」は青と赤という原色ツートンでそちらのほうが有名でしょう。デワ3002は東急からの譲渡車とのことで、同型が3両ほど秋田中央に居たそうです。
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実車の仔細な薀蓄は他のwebを参照いただくとして、先ずはバラします。
一応のプロトタイプは前述の通り静鉄のデワではありますが、実車は秋田中央のデワと比べて妻面が三面折妻である等、見た目は結構違います。今回は無改造で進めますので、あくまでもイメージ的に「静鉄のデワ」を念頭に置いたにすぎず、そのへんを割り切る必要はあります。
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ブクブク・・・
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成型色は青色のようです。
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静鉄デワもそうですが、電動貨車に似合うマストアイテムとして、円環連結器× 連環連結器〇 の名残であるバッファー(緩衝器)があります。画像はポケットライン動力(要はチビ客車用動力)からの発生品で、Bトレ黎明期に何となく動力化を施し、且つそのユーザーが田舎電車ファンであれば手許にストックしてあるのがごく自然・・・というものです(何 そのバッファーパーツ、よく見ると根元の取付脚の径が細いものと太いものがあります。
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GMの工場附属設備キットに含まれていたT字の煙突、もっというとこれは大昔に造ったバス営業所モジュール(解体済み)の発生品で、ジャンク箱に転がっていたものです。根元の曲がりを熱(ローソク)で炙って、角度を90°捻ります。これで根元の曲がりがT字の頂と並行になります。
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当初は動力化するつもりがなかったのですが、結局後日に求めてしまいましたw
二軸車という事もあり大き目のウェイトは必須ですが、そのままですとギラギラが目立つので、台車枠ともどもツヤ消し黒で塗ってあります。このあたり、工作回数は圧倒的に少ないですが、ウチの中では今や完全にお約束の項目です。
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色々すっ飛ばして出来上がりました。
まあ何というか、想像通りのビジュアルでぶっちゃけ面白みに欠けますw オープンデッキにしたので手許のジャンク箱に居た作業員サンを添乗させました。荷室窓を塞いでストーブ煙突が生える様は、あの雄勝電車(羽後交通雄勝線)のデハ3からインスパイアされたもの。煙突自体は塞ぎ板に固定されていますが、塞ぎ板は両面テープで車体に貼り付けているだけなので、外せば簡単に夏姿?となります。というか、ストーブを備えるほどの寒冷地であればオープンデッキは無いでしょうに・・・矛盾だらけです(爆
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反対側のサイドです。
車番は深く考えず手許の適当なインレタから転写。厳密なプロトタイプを追求してのモデリングも乙なものですが、今回のように「何も考えない」で仕立てると、その製作者個々の地が出ますね。まあウチの場合はオープンデッキでストーブとか(ry パンタはトミックスのPS11(品番0267)で、これも手許に転がっていたものです。
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電動貨車の被牽引車は色々あるかと思います。
今回は静鉄デワのイメージがあるも、結局は見ての通り適当な電動貨車になりましたから、何を牽引させても誰も文句は言わないでしょう(何
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そして次ですが、これがベースです。
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ウチにとっての最大の息抜きは「現物合わせ」でしょう。とはいっても、そこには「丁寧さ」が求められます。尤も当事者であるウチ自身が、完成するとはこれっぽっちも思っていないので、エラそうな事言える義理は無いんですが(汗

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by odoriba96 | 2017-02-13 19:34 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(0)
2017年 01月 27日

鉄コレ・京阪大津線80形非冷房車入線!!

弊糞ブログ、こう見えても

「けっこう真面目」

です。
ソースは、糞ブログにも関わらず定期的に一定のアクセス数があるからです。
その理由については

「お察しください」


といったところでしょうか(意味不明

そんなわけで、このところ昨日の記事の通り汚買い物大放出・・・と逝きたいところだったのですが、そのupには限度があります(爆 言うても、ウチの場合は従前より弊糞ブログにupしていない汚買い物はごまんとあるわけで、プレミアムフライデーなる糞制度のアジテーションなぞ無くとも、ウチは十二分に無駄遣いという大義を果たしているのです(何

2009年2月の京津線廃線区間の廃線跡探訪記事はこちら(旧ブログ)
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というわけで本題ですw
表題の通り、鉄コレの京阪80形非冷房車が趣味検索より着荷しました。2012年10月発売の冷房改造車は事業者限定アイテムであり、その後のプレミア暴騰は言わずもがな。今回は時代設定が別ですが全国流通のオープンパッケージアイテムとして5年振りの販売となったのです。
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色々見てみます。
排障器周りの車幅灯の有無もポイントです(冷房改造車は車幅灯有り)。
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ドローバーの柄の長さが驚異的に異なるのは一体・・・M車化してしまえば関係無いのですがw

※追記:関係無くなかったです。このドローバーは動力ユニットにも同寸法の成型色違い品が同梱されていますが、試走の結果スーパーミニカーブに対応させるものと判明しました。冷改車のドローバーは画像の通り短いものなので、どの程度のカーブを通過できるかは現時点では不明です。
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添付のステッカーも様子が違います。
冷房改造車は車番も収録されていますが、今回の非冷房車は方向板のみ。何のことはなく、非冷房車は車番が印刷済みなんですね(83-84)。方向板の収録内容は全く同じで、「三条 四宮」「三条 浜大津」「四宮 浜大津」「準急 三条」「準急 浜大津」となっています。

80形言いますと「三条 四宮」が最もスタンダードな運用で仕様とも言えるものですが、早朝/深夜の準急非運転時間帯には浜大津まで各駅停車で運用され、更には毎年8月8日の浜大津における琵琶湖花火大会に際しても浜大津までやはり延長運転され、湖上に華開く花火と80形の美しいカップリングが見られたのだそうです。
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※「鉄道ピクトリアル」誌通巻695号・特集「京阪電気鉄道」より転載

次いで準急運用ですが、これはさすがに定期運用は無く、高床車のやりくりがつかなかった際の完全なイレギュラーであるも、運用に就かせる際にはスジの最も少ない行路に充てたり、乗務員が列車種別確認票を携行する等、一定の対応策は採られていたようです。ピク誌2000年12月号の臨増号「京阪電気鉄道」特集における「京阪大津線の変遷~京都市営地下鉄東西線開業までの10年間~」には、本件も含めた大津線に関わる興味深い記録が収録されており、1997(平9)年の地下鉄東西線直通化による大変革がなされて20年を経ていまなお、認識を新たにさせられます。
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今回の80形非冷房車は、実はウチんとことの大津線車両群とのコンテンポラリーがマッチングする、待望のアイテムであると言えます。80形以外のハコは全てGMキット組みで、500形の台車はカトーの叡電「きらら」のパーツを充てる熱の入れよう?です。しかし悲しいかな、これらのハコの殆どの動力ユニットは鉄コレ15M級の初期動力のそれであり、現状、劣化も然りでほぼ不動状態と見られます。いつか、某氏よろしく動力ユニットを纏めて入手して稼働させたいという意欲「だけ」はありますが・・・。




最後に、youtubeにおける素敵な動画から。
加減速時のレスポンスの良さ、回生制動時の逞しい音色など、80形が「名車」としてまことしやかに語り継がれるエフェクトが濃縮されています。



三条通を往来したイーンターバン、それは永遠に還らぬもの。
鉄道模型はそれを時空を超えて具現化できる、最高のホビーなのです。

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by odoriba96 | 2017-01-27 22:56 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(0)
2017年 01月 15日

最近の・・・静鉄ズ

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過日の新年会で、某氏から不要分子として譲受した、鉄コレ第23弾の静岡鉄道クモハ103+クモハ104。最近はこれを既存の静鉄ズと卓上に並べたりもしています。

画像右端は、2005年冬発売の鉄コレ初弾にラインナップされた鶴見臨港出自のそれを、退役後は機械扱いで長沼工場内入換車として永らく健在であったモハ20タイプとして仕立てたもの。なにゆえのタイプかといえば、乗務員室小扉が実車は線対称であるのが点対称である事、尾灯が円形であるところウチの横着でガイコツのままであること、パンタから反対エンドへと延びる屋上母線が再現されていないetc・・・という事です。とはいえカラーリングの選択がドンピシャだったのか、ちゃんとモハ20に見える(と思っている)のですから何とかなるものです(何 因みにローズレッドはクレオスの「あずき色」、アイボリーはGMの西武アイボリーです。

翻っての左端の1000形は、プラッツの分散冷房車キット(製造はGM)をべースとした非冷房車です。ベース言うても屋根板のクーラー取付孔を埋設して、GMの東急7000系キット附属のベンチレータを接着しただけのヌルいものです(実に7年前の製作記はこちら)。

クモハ103+クモハ104の実車の退役は1976(昭51)年と案外早期ですが、その後は同車含む100形の殆どが日立や熊本へとセカンドステージを見出しているのは周知の通りです。100形が自社長沼工場における「内製」であり、その100形を駆逐した1000形も外注のステンレスボディの新製車、そしてその1000形を駆逐せんと昨2016年にデビューしたA3000形も外注の新製車である等、環境や路線区間の特性はあれど、地方私鉄にあって中古車の流入が皆目見られない静鉄のキャラクター、ウチは大好きです。

最新のA3000形は奇しくも鉄コレとGMでほぼ同時期に製品化のアナウンスがありましたが、ウチとしてはレディ・トゥ・ランのGM製にまずは軍配を上げ、画像のこれら静鉄ズと並べたいと宿願しております。

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by odoriba96 | 2017-01-15 22:29 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(0)
2016年 12月 17日

鉄コレ・東武1700系着荷~♪

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表題のアイテムの件。
以前に御託だけを並べ、且つ意味も無く予告をしていましたが、本日着荷したようで無事受領できました。
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中身は予定調和以前に、所望通りAタイプの登場時・非冷房です。
ハコ(パッケージ)の厚みは2000系と同じ薄手のものですね。全国流通のオープンアイテムはこれよりも厚手なので、触れるたびに新鮮味があります(何
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その中身の中身?は巷間で散々触れられているので今更感もありますが、二段窓サッシの印刷は安定しています。フェイスは京急1000(Ⅰ)の貫通顔に似ていると言われますが、逆でしょ・・・1700系に失敬です。京急1000(Ⅰ)の貫通顔も、色々な経過があって最終的にあの顔になったわけですから、結果的に1700系を意識したものではありません、しかし、物事を評すには順序があります。
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パッケージの解説です。
僅かな期間・・・その通りですね。3~4年程度です。これはBタイプにも言える事ですが。
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それより何より、ウチが瞠目したのはこれ。
画像赤枠内に、雨樋からの凸状モールドが見えましょうか?単なるヒケの類かと思いきやそんなことはなく・・・
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パッケージの印刷写真でもその存在が確認できます・・・マジかよ。
いわゆる漏斗(じょうご)のようなモノなのでしょうか?ウチも東武ファンの端くれとして商業誌を通じて1700系に関わる文献に目を通していますが、この件に関しては全く識を得ていません。泣く子はもっと泣くハードコアな東武識者からの見識をご教示願いたいものです。
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by odoriba96 | 2016-12-17 21:46 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(0)
2016年 12月 15日

今日は何の日~鉄コレ・東武1700系発売日

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表題のアイテムの件。以前に御託だけを並べていましたが、その時点では商品分類上のCタイプに魅かれている旨あるも、具体的な入手の意思を明言していません。結果、どうなったか?

実は先の12月4日の南栗橋における先行販売日も公休で、そして本日も公休でした。南栗橋は関東平野真っただ中の僻地であり、往復移動だけでゆうに4時間以上と考えればとても赴く気になりませんでした。尤もこれは目的に対する意欲の程度に拠るものですし、更には駅(売店)売りも控えていましたから・・・。

そして本日、駅(売店)売りの日です。
実はギリギリまで入手の意思も然り、入手するとしたらのタイプ選考で答えが纏まらなかったのです。先の通りCタイプに魅かれども、やはり「花の命は短くて」の言の通り、DRC登場までが1700系の黄金時代であると考えればAタイプこそ本命・・・の思考も過る始末w

ではどうなったかというと・・・まさかのACCES TOBU、即ち東武マーケットの通販を選択したのです。送料/代引き手数料を要しますが、寒空の公休日にわざわざ往復2時間以上費やすよりも、そのほうがメリットがあると判断したからです。肝心の選考タイプですが、これはAタイプ(登場時)とし本数は2本(4両)でアンサー。今後の予算配分を鑑みるとこの数量がウチなりのベストでした。Aタイプを最終的にセレクトした理由は、やはり「花の命は短くて」の言の通り、DRC登場までが1700系の黄金時代である・・・ということです。

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東武マーケットでの販売状況は、ウチがアクセスした午前11時頃の時点で当然のようにBタイプは完売。生産数量が少ないという理由だけで、1700系の形態としては最も馴染みが薄いであろうBタイプの蒸発は、(数量が少ないという)稀少性の煽動によって息を吹き返した?ブローカーの横行を端的に物語ると言えましょう。

片やAタイプとCタイプ、Aタイプは夕方ぐらい(以降も)まで「在庫あり→在庫切れ」を繰り返す補充攻勢が繰り返されましたが、最終形態のCタイプは一度も在庫切れとならなかったと思われ、18:00頃の時点で500個以上在庫との事です。最終形態が想像以上に捌けなかったのは正直意外です。いやむしろ、実車を見た世代が限定される(若くとも50代以上)となれば、やはり原型が重んじられるのか・・・興味深いです。

画像は東武1700系ではありませんが、時代考証的にマッチする手許の2アイテムです。キハ55系準急「日光」とは築堤の上と下で、日光軌道線とは駅舎を挟んで顔を合わせていたはずです。着荷のタイミングが何とも言えないのですが、ウチなりの1700系の小加工(んな大袈裟な)メニューは既に描いてありますので、楽しみなところです。
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by odoriba96 | 2016-12-15 19:04 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(0)
2016年 11月 28日

鉄コレ・江若鉄道キハ12と旭川電気軌道モハ1001

本日2件目。
週イチ発狂の本日1件目は→こちら

先日入手したブツの整備を進めます。
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今回は鉄コレの2両に手を付けます。
画像左が第16弾の旭川電気軌道モハ1001、右が第22弾の江若鉄道キハ12で、それぞれがパッケージに収まっています。因みにウチが第16弾を入手するのは此度が初めてです。

続きを読む・・・
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by odoriba96 | 2016-11-28 16:59 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(2)
2016年 11月 12日

2016年東武鉄道事業者特注鉄コレは、白帯車(はくたいしゃ)1700系!!

毎冬恒例の東武によるオリジナル鉄コレのリリース。
これまで、78形ツートン、2000系、3000系、8000系、57形、6000系、6050系などがリリースされてきました(順不同)。言うても、ウチは2000系以外ロクに求めてこなかった経緯(78ツートンは入手するも売却済、57形は某レストラン仕様目的w)があるわけですが、そんな中2016年のアイテムが公となりましたね・・・まさかの白帯車(はくたいしゃ)1700系です!!

これまでのリリースアイテムは、製品形態の差はあれどGMもしくはクロポブランドで既製品化されていたものばかりだけに(プラ/ABS成型に限っては)、非ブラス製における9ミリモデルでの1700系製品化は画期的なことです。今回はこの1700系について、東武ファンの端くれとして今更ながらザックリと纏めてみようと思います。
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参考文献は、「鉄道ピクトリアル」1990年12月の臨時増刊号「東武鉄道」特集です。
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同号には1700系・1720系の一生についての記事があります。著者は言わずもがなの花上氏。また同号以外に、「鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション」の№23「東武鉄道1950~60」、同じ№27「東武鉄道1970~80」も参照しました。

1700系は1956(昭31)年2月に登場し、同年4月のダイヤ改正から特急運用に就役しました。東武初の量産高性能車(57形のカルダン車は試作の域を脱さない)であるのもさる事ながら、浅草~日光間の運転時分を片道119分40秒として宿願の2時間台の壁を打ち破るなど、まさに戦後東武のエポックメーキングたる名車です。増備車として1700系1710形も登場し、こちらは外国人観光客対応の洋式便所を追設したことにより、扉配置を含む車体の見付が変わっています。

その車体の見付ですが、巷間のweb上では一見竣工図面に見えるも実はデタラメな図面があったり、1710形は登場時よりクーラー装備/固定窓である・・・といった、一体何をソースにしているのか理解出来ない記述もありますので、そのあたりを含めて箇条書き程度でザックリ纏めます。

まずは1700系の登場は、1956(昭31)年です。
初陣は同年2月入線で、4月のダイヤ改正より特急運用に就役、それまでの57形は青帯を巻いて急行運用へ転用されました(カルダン駆動車は除く)。

←浅草
 モハ1701 + モハ1702 (ナニワ製)
 モハ1703 + モハ1704 (ナニワ製)
 モハ1705 + モハ1706 (日車製)
 モハ1707 + モハ1708 (汽車製)

1700系は2両のMMユニットで、浅草方の奇数車にパンタを搭載しています。奇数車を「A車」、偶数車を「B車」と称すのがデフォのようなので、以下はこの慣例に倣います。側面の客扉配置は57形のそれを踏襲し「2両で片側3扉」という記述が見られますが、これは誤りではないものの誤解を生みかねないので注釈。片側3扉のうち常用は2扉で、1扉は非常用となっています。

A車の見付は、(浅草方)運転室・客扉・客室・売店となりますが、この売店の海側(カウンターが無い側)に非常扉があります。次いでB車の見付は、(浅草方)和式便所/洗面所・客室・客扉・運転室となりますが、和式便所/洗面所の対面にあたる山側に非常扉があります。

登場翌年の1957(昭32)年8月には1700系1710形が4両増備され、9月就役。
これにより特急は1700系に統一され、浅草~日光間の運転時分は片道117分に。翌1958(昭33)年4月には同115分運転となり、1700系は黄金時代を迎えます。

←浅草
 モハ1711 + モハ1712 (ナニワ製)
 モハ1713 + モハ1714 (ナニワ製)
 
1710形は前述の通り外国人観光客対応の洋式便所を追設しており、これにより車体の見付が変わっています。まずA車の見付は、(浅草方)運転室・客室・売店・客扉となります。これまで運転室に接していた客扉が連結妻側に移動し、それに押し出された売店が窓1個分客室側にオフセットされています。

次いでB車の見付は、(浅草方)和式便所/洗面所(山側)・洋式便所(海側)・客室・客扉・運転室となりますが、和式便所/洗面所の箇所が山側に入れ替わっているのに注意。web上の実車画像でも、1710形B車の山側には洗面所の採光窓が確認できます。客扉はA車/B車とで均等な配置になりましたが、客扉の幅がモハ1701~08では900mmであったのが、1710形では800mmへと変更されています。非常扉はA車/B車とも廃止されました。

1959(昭34)年9月には国鉄がデラックス準急の157系を日光線に投入。東武もこれに呼応し優位性を保つべく1700系への冷房化改造を施すに至りました。そのクーラー取付年月は以下の通りです。

 モハ1701 + モハ1702  1960(昭35)年3月
 モハ1703 + モハ1704  1960(昭35)年1月
 モハ1705 + モハ1706  1959(昭34)年12月
 モハ1707 + モハ1708  1960(昭35)年2月
 モハ1711 + モハ1712  1960(昭35)年7月
 モハ1713 + モハ1714  1960(昭35)年3月

1960(昭35)年9月には東武ロマンスカーの決定版である1720系DRCが登場。後々に料金差額が設けられるも、同じ「特急」だけに1700系はどうしても見劣ってしまい、その溝を埋めるべくの各改造が施されました。

 ★貫通路のマジックドア化・・・1962(昭37)年7月~1963(昭38)年3月

 ★前照灯のシールドビーム増設・・・1962(昭37)年7月~1963(昭38)年3月

 ★客室二段側窓の固定窓化・・・1963(昭38)年9月~1964(昭39)年8月

意外に思われるかもしれませんが、冷房効率を上げるべくの側窓固定化がイチバン後回しになっています。つまり、冷房化され且つ側窓が二段のままで、シールドビーム増設という出で立ちの時期があったのです(ピク誌90年12月号東武特集132項がその記録と思われます)。この仕様での記録が少なく感じるのは時代が旧い事と、冷房化直後ほどのインパクトが無かったということなのでしょうか。

今回発売の鉄コレは、先のリンク先pdf画像の通りモハ1701~1708をモデルとしています。タイプは登場時、冷房化後、そして側窓固定化後の晩年と至れり尽くせり?の3タイプですが、向きによっては上記の冷房化後・二段窓・シールドビーム増設姿をパーツの組替えで何とかしたい・・・という発想もありましょう。
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※ネコ刊「復刻版 私鉄の車両24 東武鉄道」より転載

ウチ的には、この最晩年の前灯3個な重量感溢れるスタイル、そしてDRC譲り?の狭窓が綺麗に並んだビジュアルに魅かれます。

かくて1700系は後進の1720系にその任を預け、1971(昭46)年6月のモハ1703+モハ1704を皮切りに解体が開始され、同年12月12~14日のモハ1707+モハ1708、モハ1711+モハ1712、モハ1713+モハ1714の3本を用いた「さよなら運転」を以て、使命を全うしました。1700系の台車等主要機器は東武お得意の車体更新により、DRCと同スタイルの「新」1700系へと引き継がれたのです。

※11月13日追記:1700系DRCの主要機器、即ち1700系白帯車の主要機器は、「りょうもう」用200系の第4編成と第5編成に受け継がれ、差し替えが無ければ今日まで生き続けている事になります。
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by odoriba96 | 2016-11-12 14:43 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(4)