2017年 03月 28日

トミックス・JRキハ82系(ひだ・南紀)のえとせとら

昨日入手したトミックスのJRキハ82系(ひだ・南紀)ですが、トミックスHG(ハイレグ)ならではのユーザー付けパーツの多さにウンザリしたのかどうかは兎も角、実車についてお約束通り少々触れてみたいと思います。

本アイテムは見た目が国鉄色のまんまながら、先頭車腰板のオレンジ色のJRマークが時代考証を主張するアイデンティティ。それ以外にも、キハ80中間車の非出入台側にある非常口窓を廃し、隣接する普通小窓と一体化のうえ大窓に改造されたり、キロのやはり非常口窓を廃し拡大のうえ普通窓に改造されたりといった、後天的改造のポイントも表現されています(但しこれらの改造は全車施工ではないようです)。
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※「鉄道ファン」誌通巻№339より転載

本アイテムはウチ的に平たく言うと「キハ82海ナコ晩年仕様」となりますが(何 やはり後継車であるキハ85系との共演を楽しみたいもの。というわけで画像に出したのは「鉄道ファン」誌年イチの特集における車両配置表で、1989(平元)年4月1日時点の名古屋車両区配置のキハ82・キハ85の欄を抜粋したものです。この時点ではキハ85系は「ひだ3号/8号」の1往復のみでの運用であり、大量増備への見極めが成されていたものと察します。
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そして本アイテム附属のインレタです。収録車番は以下の通り。

 キハ82・・・74 76 82 84 89 90 93 96 97 105
 キハ80・・・98 99 101 103 114 119 120 125 127 129 133 136
 キロ80・・・44 47 56 59 60

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インレタの収録車番は先の配置表と対照させても妙なところが無いので一安心?ですが、ユーザー付けパーツの一つである無線アンテナの装備箇所が2パターン存在するとのことで、とはいえ車番毎のパターンは当然マニュアルでは触れてないわけで・・・新たな頭痛の種発生か?

しかし某巨大掲示板の書き込みに加え、web上での画像検索により、僅かばかりの車番でそのパターンが判明しました。おことわりですが、このパターンについての正確性は保障できず、それにより第三者が屋根板への開孔を行い生じた如何なる損害について、当方では一切の責を負いません。正確性を求めるのであれば自身で確認して下さい。

 ※「手前」は前頭部寄り、「奥」は連結妻寄り 車番は全てキハ82でインレタ収録分のみ

 「手前」・・・74 76 82 90 96 97 
 「奥」・・・89 105
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続いては、平成元年に発行された「探検鉄道」シリーズの「名古屋圏(JR)他」から情報を抜粋してみましょう。編著者は特定旅客です(爆 尚、以下の画像は全て本書からの転載であり、また後述しますが本文を大幅に引用する部分があります。
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このシリーズ、関東モノもありそちらは栄図書館(旧地元)で目を通しました。当時は厨房だったので月刊誌の「鉄道ファン」以外の本書を、どのようにして入手できたのかは不明です。

(ひだ・南紀)セットは5両編成ですが、巷間では「2セット買わないとマトモな編成にならない」という見方もなされているようです。確かに「ひだ」は6両編成、「南紀」は4両編成が各々の基本編成両数とのことですから、2セット求めればムダ無くそれぞれの基本編成両数が仕立てられます。しかしウチは「ひだ」だけでイイですw では、5両編成の「ひだ」は存在しなかったのでしょうか?
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無論、そんなことはなく・・・
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1セットでも楽しめます。
確かに丼門の某店員はレビューでは2セット買いを推していますが(爆
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他方、「南紀」はやはり4両が画になっています。
実際には「南紀」でもシーズンには増結されて6両編成であったり、「ひだ」にしても7~8両編成となるケースもあったようです。これは個人的といかウチの事情ですが、長編成は既保有のカトー製が担当していますので、富製の本アイテムは短小編成のままで逝きますw
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続いて名古屋港線、即ち臨時駅「ナゴヤ球場正門前」への観客輸送の一翼をキハ82も担っていたわけで、ここに触れる事とします。
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「ナゴヤ球場正門前」駅に関してはwikiナントカでも触れられていますが、記述内容が本書と異なる箇所があり、その正確性について断じる事は出来ないものの、素人が寄ってたかって纏めただけのwikiナントカよりは、特定旅客とはいえ(爆 交通ライターである編著者が纏めた本書のほうに信頼が置けると考えるのが、自然な事と思います。

以下、本書における「名古屋港線」の項を全文引用します。
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(以下、引用)
~ナゴヤ球場へのホームラン列車~
JR東海が昭和62年7月から始めたアイデア商売「中日ドラゴンズ観戦列車」、2年目の63年はドラゴンズがセリーグVに輝くなど、まさに〝満塁ホームラン〟といった感触で、営業陣はニコニコ顔である。

ナゴヤ球場へは年間170万人のファンが集まり、その約30%、50万人を名鉄が運び残り半分はマイカー利用である。JR東海では民営化後「地域密着」を強調しており、地元の人たちに喜んでもらえる企画作りに懸命で、その第一弾が「中日ドラゴンズ観戦列車」だった。

ナゴヤ球場のスグ前をJR貨物の臨港線(名古屋港線)が走っており、昭和30年代には球場正門前に簡易ホームを設け、同線貨物列車の最後部に客車を連結して観客の便を図ったこともあったが、わずか1往復でデーゲームの時だけ、その後は臨港線自体が斜陽化し、このサービスも昔語りになっていた。

ところが、民営化後3ヶ月目の昭和62年7月1日、意欲満々のJR東海は、往時の思い出を現代風にアレンジしてこれを復活!。ナゴヤ球場正門のスグ前に135mの6両用ホームを仮設、ナイター開催日に試合開始前5本、終了後は6本の臨時列車を名古屋駅と球場正門前間に運行、増収と乗客の信頼獲得を賭けた大車輪サービスを始めたのだった。

名鉄「ナゴヤ球場前」駅は球場から徒歩15分。「ナゴヤ球場正門前」駅は駅名のごとく正門のスグ前、須田社長を始め、本社勤務の幹部職員までもが呼び込みに懸命のJRに乗客の心が傾くのも当然である。特に落合効果でドラゴンズが好調だけにファンの期待は大きく、62年は2位、63年はリーグ優勝を果たしたのだから、このアイデア商売も〝満塁ホームラン〟と申しても過言でないだろう。
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名古屋~ナゴヤ球場正門前間は、山王信号場までの1.8kmを中央本線、ここからJR貨物の名古屋港線(通称=臨港線)に乗り入れ、0.7km地点がナゴヤ球場正門前駅だ。同区間は全線高架のため、残念ながら走行シーンの撮影は不可能で、ナゴヤ球場正門前駅への進入、または停車中を狙うことになる。長~い駅名となった同駅々名板と列車を組み合わしてみるのも作例の一つだ。

なお、同線列車は試合終了後、6本を続行運転するため、待機スペースの都合上全列車を終点名古屋港駅まで回送させている。ナゴヤ球場正門前駅の南方、八幡信号場から先は地上または築堤を走るため、絵になるポイントは多い。市街地の貨物線を旅客列車が走るのだから、どこで撮っても楽しさいっぱいである。

車両は名古屋車両区のキハ58・65系の4~6連の他、特急「ひだ」「南紀」の運用間合でキハ82系も活躍、グリーン車も開放しての大サービスの他、一部列車には「頑張れドラゴンズ」のヘッドマークも付いている。ナイターの時は行きの列車、デーゲームの時は全列車が撮影可能。ちなみに名古屋港線の貨物列車は、火木土の週3回、1日1往復の運転で、稲沢区のDE10がけん引している。
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~回送区間は客扱い区間の約2倍~
ナゴヤ球場正門前駅は名古屋駅から2.5km、中央本線山王信号場から0.7kmの地点。この数字を見る限り一列車でのピストン輸送、いわゆるハタ折り運行でも間に合うはずだが、試合終了後は短時間に6本の列車を続行運転して乗客をさばかねばならず、列車6本分の待機設備が必要になる。

しかし貨物専用の臨港線では、こうした設備が終点の名古屋港駅にしかなく、球場行きの列車は前半はピストン輸送で賄うものの、帰路用6本は全列車を名古屋港駅まで回送する。正門前駅と名古屋港駅の駅間は5.5kmもあり、客扱い区間よりも回送区間の方が長いという珍現象をもたらしている。

JR東海はJR貨物に線路使用料を支払っているが、わずか2.5kmの輸送、それも客扱いするJR貨物への乗り入れ区間は0.7kmなのに、臨港線全線6.2km分の線路使用料を支払ってのこの商売、それほどうま味があるとは思えなかった。ところが実際にふたをあけてみると連日積み残しが出るほどの人気で、国鉄時代には考えもつかなかったことが、民営化後の意気ごみが実を結び、増収に結びついた成功例に発展したのである。
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~日本シリーズの恩恵~
1988年のセリーグVに輝いた中日ドラゴンズ。10月22・23日に行われたナゴヤ球場での日本シリーズ戦でも、車両をやりくりして観戦列車を運転した。

日本シリーズでも特急「南紀」の間合運用でキハ82系が入ったが、貨物線を走る特急車両を白昼堂々撮影可能にしたのは、まさしくドラゴンズ優勝の恩恵そのものであった。日本シリーズは4勝1敗で西武が日本一の栄冠に輝いたため、29・30日に予定されていたナゴヤ球場でのゲームは幻に終わり、貴重なシーンの再現は今後のドラゴンズの活躍に期待するところ大となったのである。

ちなみに勝負は水物、明日は明日の風が吹くだけに、名古屋港駅ヤードに集まった6本の列車を前に、〝貴重な一コマ〟にと、記念撮影をする乗務員らの姿が印象的だった。

(引用おわり)
※ナゴヤ球場正門前駅は、1994(平6)年に廃止となりました。






素晴らしい動画も残っています。
100系新幹線とキハ82のクロスとか、涙モノです・・・。

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# by odoriba96 | 2017-03-28 18:05 | 9ミリ(気動車) | Comments(0)
2017年 03月 27日

やってしまった・・・

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今月に限らず、暫くセーブしよう思ってましたが・・・
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見ての通りです(爆
このアイテムの発売がアナウンスされた折、予約すべきか否か・・・と苛まれたものです。尤もこれは、年度末に押し寄せる暴力的な量の再生産・新製品ラッシュの渦に呑みこまれたくないという自己防衛的本能が働いたが故なのやも知れませんが。
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何あれ、ウチにとっての、富のHG(ハイレグ)セットの新品入手は結構な思い切りです。
それでも、これだけは言える。

「後悔なんて、あるわけない」

「メタモルフォーゼ高山ライン」エイジを成す一つの大きなピースが埋まりました。

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# by odoriba96 | 2017-03-27 22:01 | 汚買い物(おかいもの) | Comments(2)
2017年 03月 25日

東京ベイシティ交通40周年

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本日退勤後、マイアミ駅前(通称:舞浜駅前)で目にしたベイシティのナンバー上に貼付物が見えました。
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なるほど・・・40周年ですか。
wikiナントカによれば、会社設立は1976年であるもバス運行開始が1977年4月1日なのだそうです。何にせよ昭和50年代がスタートですから、規制緩和以前のバス事業者としての歴史は決して長くないです。しかし、京葉線はおろかマイアミ駅前の某園すら無かった運行開始当初からすれば、40周年を経た周辺環境は激変し、且つそれはバス事業者として発展した礎となったはずです。

車体の塗色はウチの記憶の限りでは変わっていません。1983(昭58)年のマイアミ駅前の某園へ家族で訪れた際には、大手町から超満員の東西線で浦安に出、そこからバスに乗車したはずです。近年までは7Eやキュービックの3扉が目を楽しませてくれましたが、それ以前は川崎製モノコックボディの3扉も居ましたね。それより何より、その旧社名が「オリエンタルランド交通」であったことは極めて印象深く、反面、少しずつ忘れられつつある現実もあるのです。

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# by odoriba96 | 2017-03-25 22:38 | バス(BUS) | Comments(0)
2017年 03月 23日

鉄道車両の安全はどのようにして守られてきたか

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本日頃発売の書を求めてきました。
先の10系客車のそれの書とは異なり、アーカイブス集ですので「既発表記事をコンテンツ毎に集約したもの」のシリーズの一つとなるのもです。
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「ピクのナナサン特集」といいますと、17年前の2000(平12)年に刊行されています。その頃のウチは◎◎歳・・・齢(よわい)を考えると、如何に嗜好が病んでいたか判りますね(爆

兎に角、今回のアーカイブスは「車両の外面(そとづら)にしか興味の無い」層には、全くもって向かないものです。それはオールドファンとて例外ではないでしょう。ウチは?冗談じゃない、あまりの衝撃的内容に悶える思いがします。

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# by odoriba96 | 2017-03-23 21:45 | 汚買い物(おかいもの) | Comments(0)
2017年 03月 22日

最近のあることないこと(おもにGM東武6050/2個パン)

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先日ですが、富のコキ106グレーを2両入手。
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富のコキ編成は22両と中途半端だったので、ケースの穴埋めをした次第。コンテナ自体もあぶれていたので・・・。
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先日の日曜だったか。発車番線がミソね。大井町での人身により、客線上り(UT東行)が戸塚~品川間を須線経由としたのです。途中停車駅は横浜・武蔵小杉でSSの高崎系統と同じ。
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過日に入手した「いまさらGMキット」の東武6050。歴代の9ミリにおける東武6050系モデルで最も「似ていない」とされる逸品× 一品〇です。8年前の2009年に同じキットで野岩60100登場時タイプを仕立てていますが、もう組み立てのポイントとかレシピなんかとっくに忘れました(爆

今回は4両ともトレーラーとし、うち1組は2個パンとします。動力車は野岩60100タイプを充てますが、となると前頭部のカプラーを6両とも揃えねばならないわけで・・・。実車が密自連から電磁密連にチェンジしたのが1996~97年の間、そして2個パンの誕生が2001年頃。となると連結器は富でいうJC25あたりに揃えねばならず、野岩60100の「登場時」というアイデンティティは崩れる事になります。尤も、連結器が何であれ野岩60100登場時と2個パンが連結する時点で(ry
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取りあえず御託もそこそこに、ペアハンの2個パン用の洋白製配管パーツをペッタンコします。部分的にゴム系を点付けし、位置決めのうえ瞬着を並列配管の内側や、外側から目立たない範囲に流し込みます。増設パンタはパンタ中心とランボード中心が揃わないのがミソです。
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増設パンタ側屋上の主電動機冷却風取入口は、配管パーツと位置が揃わないので孔埋めのうえ再開孔しています(画像赤枠内)。
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床下機器はキット附属のものはデタラメですが、並べ変えてもデタラメです(爆
とりあえず、キット附属の床下機器パーツは1個も使わなかったというのがミソです(何


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# by odoriba96 | 2017-03-22 20:32 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(0)
2017年 03月 21日

北総(住都公団)9000形が遂に!

鉄コレでまさかの製品化です!!

おったまげですね~。「価格未定」ってのがビミョーにコワい?まさか「時価」なんて事はないでしょうが(爆 某氏あたりは入手決定と思われますが、ウチは四直では京急以外の入線は収拾がつかなくなるので、有井の都営5300を例外としたほかは入線させていませんから、この9000形は指を咥えて眺めるだけです。しかしそうは言っても、鉄コレ伊豆急100系4連2種や、カトーキハ110系小海線似非国鉄色など、私的に押さえるべきアイテムはちゃんと予約していたりもします。

それはさておき、鉄コレに於いては京急1000(Ⅰ)、京成3500未更新に続いての四直アイテムである9000形、その記録を拙いものですが全部出しで製品化を祝しつつ、勇退した実車を偲んでみましょう。
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※京急川崎 9018編成

この9000形を語るうえで忘れられないのは、やはり2000形からの改番でしょうか。他にも京急入線に際しての先頭車電動車化や、8連化による中間車増車など、パッと見の外観以上に時期時期での変遷がハゲしかったりもします。ウチは2000形時代の記録が残念ながら無いのですが、画像の9018編成の貫通扉に掲げられた「住宅・都市整備公団」のエンブレムが今や目に沁みます。行先が「急行 西白井」であるのが何だかレアですが、デフォでこの運用があったという記憶の反面、何らかの理由で誤ってこのコマで停止し、その後正しい表示に再セットされたような気もします。何にせよもう20年以上前ですか・・・(汗
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※京急蒲田 9008編成

こちらも住都公団時代の記録ですね。画像の京急蒲田は言わずもがなの地上時代で、空港線は部分単線の今や想像もつかない時代です。空港線の羽田(→天空橋)開業後約1年は8連の入線が許されなかった事は周知の通りですから、これはそれ以後の記録という事になります。
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※糀谷 9018編成

「急行 泉岳寺」の行先がこれまたレアですが、こちらは冒頭の「急行 西白井」とは異なり、デフォでの運用で存在しました。見ての通り住都公団のエンブレムは撤去されていますから、都市基盤整備公団への改組後でしょう。
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※品川 9018編成

北総車の「特急」が登場するようになったのは1998(平10)年の羽田空港駅(→国内線タ)開業からで、その後には「快特」運用も現出したはずです。9000形の印象いうと、まず四直車両にしては垢抜けすぎていて関西民鉄っぽい外面であったり、座席袖仕切りがFRP?のような材質の板状のもので、見た当初は大変珍しく感じたものです。
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※糀谷 9008編成

空港線内での「蒲田行」ですから、当然のように線内のシャトル便です。この頃はちゃんと素直?に種別を「普通」としていますが、確か羽田空港開業前のシャトル便は、その運用内での前後の種別を継続して表示していたので、例えば京急1000(Ⅰ)によるTH運用では「急行 蒲田⇔羽田」という、通過駅が無いにも関わらず何とも妙な表示をしていたものです。

この糀谷も地上時代の記録ですが、これよりも遡った以前の糀谷は真っ直ぐな線形で、画像のように湾曲していませんでした。これは糀谷の狭いホーム上に跨線橋を設置するにあたり、その「設置シロ」を稼ぐためにわざと曲げたのだそうです。高架化でそれが解消して昔の直線線形に戻ったのは因果でしょうか。
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※糀谷 9008編成

上画像の後打ちです。蒲田での折り返しに備えて既に字幕が「羽田空港」にチェンジされていますw この先は駅伝も通過した踏切を挟んだ部分単線区間で、この9008編成も対向列車の行き違いで低速走行であったはずです。いまや蒲田界隈の様相は激変し地上時代の景観は過去のもの。そして9000形自体もとうとう消えてしまいました。10年ひとむかし、20年おおむかし、30年別世界なんていうのは、決して大仰でない気がします。
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最後に、ウチが有するパスネットカード(使用済)。9000形はそのデザインにも採用されました。

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# by odoriba96 | 2017-03-21 13:19 | 記憶のレール(民鉄その他) | Comments(0)
2017年 03月 21日

最近の+本日(昨日)は・・・

アキバの「ちばチャン」に職場の催事で逝ってきました。
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コースでしたが、暴力的なアイテムの数々www
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アキバには近年めっきり寄らなくなったので、インターバルでピク誌を入手。特集は言わずもがなですね・・・大好物です。その内容たるや情弱のウチですから「初見」も多々あります。価値観は人それぞれです。
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それに加え、巻末を見て瞠目せずにはいられなかった・・・マジかよ。
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ウチの記憶が正しければ、何と「19年ぶり」の京急特集となります。
事実かどうかは、知らない(爆
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帰途は茅ヶ崎~平塚における貨物線での人身で東海道は死亡。当然のようにスカ線で戸塚まで至りましたが、客線下りには抑止中のE231が在線。この画像ですと一見「ドアカット」にも見えますが・・・
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全扉を「半自動扱い」にしているんですね。回路を有すからの芸当でもありますが、キメ細かい対応かと思います。
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そうえいば、アキバではペソギソモデルの157系ステッカーも入手しました。「あまぎ」のお茶目な書体の大型愛称板もよさげですが、「特別日光」などの列車も再現したくなるのは、メガロポリス沿線民の人情とも言うべきか・・・。
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それと、本日(昨日)の行動とは無関係ですが、ユーフォ2期BDの4巻も着荷しています。いよいよBDマラソンも折り返しました。

そうそう、そういえばw
一昨日に某模型店に寄ったのですが、そこでニューアイテムの予約をしたわけです。ウチは滅多な事では予約をしないのですが、まあ色々「心境の変化」があったわけでして・・・。その予約過程で店員さんが台帳に記入するわけですが、カウンター越しのそれを何とはなしに眺めていたら、ウチの直上の予約氏名が知り合いの某氏の名前でした(爆

結論:社会は狭い

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# by odoriba96 | 2017-03-21 01:16 | ある日の出来事 | Comments(4)
2017年 03月 18日

「さようならSL」室蘭本線225レの製作(その6)プラス最近のある事ない事

「さようならSL」室蘭本線225レの製作(その1)
「さようならSL」室蘭本線225レの製作(その2)
「さようならSL」室蘭本線225レの製作(その3)
「さようならSL」室蘭本線225レの製作(その4)
「さようならSL」室蘭本線225レの製作(その5)

表題がこれで良いのかどうか悩みましたが、かといって内容如何で記事を細分化するのも面倒なのでこのままにします(何 さて、表題のシリーズは久し振りとなりますが、その前回更新日がなんと昨2016年7月25日!以後、パッタリと途絶えていました。そして今回も予めのお断りではないですが、作業的には全く進捗していません。では、何がこの表題たらしめたのでしょうか?
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表題の225レ編成8両のうち、既にスハ32(×2)、オハ35、オハフ33は仕上がっていて、残すはオハ62とオハフ62が各2両ずつの計4両です。これを仕立てるべく、画像の如くトミックスのオハ61とオハフ61を某模型店から通販で入手してあるのですが、これも昨2016年の7月25日のこと。そう、つまり前回更新時の段階で既に8両編成が組める状態になっていたわけですが、直後に「異変」は起きます。それは・・・

関西国電事情2016夏!!
そう、2016年8月頭の関西行で実車の魅力と言うか国電の姿に感動し、旧客模型への興味がフェードアウトしてしまったのです。でもまあそれは一時的であったとも言えますから、まだ製作再開の機を見出す事は出来た筈です。しかし、そこに思わぬ発表があり・・・

カトーからオハ61系製品化!!
何がなんだって、富のオハ61系は側扉の奥行が浅く、それを承知で入手してはいたものの、明らかに後発のカトー製のほうが表現的に優位というか、側扉の奥行が浅い表現となる要素が見当たらないので、単純に言えばとても悔しい思いをしたわけですw このアナウンスが2016年11月の事ですから、そろそろ国電熱も冷めようかという頃合いでのまさかのトドメ?だったのです。

まあそうは言うても、いまさら富製を売り払ってカトー製を入手したとしても、編成を組んで走行させてしまえば客扉の浅さも「言われなければ」程度となるのでは・・・という、いつもながらのテキトウな理由付けで一応納得はしたのですが、どちらにせよ製作再開熱はとっくに冷めています。そしてそんな事もすっかり忘却の彼方へと消え去った、年も明けた2017年の3月頭にまさかの・・・

富からオハ62系製品化!!←NEW
まさかの正調オハ62系製品化アナウンスでうっわあああああああああああああああああああああああああああ!!でも富製なので客扉表現は浅いままでしょう。それでもオハ61系の車番を変えるだけよりは全然格好がつく事は間違いありません。もちろん、225レのオハ62系は9月発売予定の本品にスイッチします(爆 そして手許のオハ61系は内地向けに転用ですね。なので表題のシリーズは最短でも本年9月まで更新がありません(爆
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今月末にかけて、9ミリ(Nゲージ)モデルは鉄コレも含め、暴力的な再生産&新製品ラッシュであり、節操の無いユーザーはサラ金待った無しでしょう(違 ウチはというと気になるアイテムがあったとしても、大抵は「まあいいか」となって入手に至りませんw では、かといってサイフに優しいかと思いきや、全く別の所で中古品を漁っていたりしますから結局同じです(何 そんなわけで、ウチは殆ど「予約」というものをしないんです。最新での予約実績というと、鉄コレの京阪80形冷改、カトーの中央東線客車列車セットぐらいです。

そんなウチがめズラしくお店で予約をしてきました。モノはラウンコハウスのEF10 24 関門タイプです。予約の「する」「しない」の尺度というものがあるならば、それは必ず入手したいか否かという事ではないでしょうか。そうでないアイテムは「運が良ければ買えるだけ」程度で考えています。

さて、そのEF10 24の関門タイプ、要は無塗装ステンレスボディのEF10ですが、これの実車記録が少ないんですね。web上ではほぼ皆無かと・・・。なので画像の「鉄道ファン」誌通巻391号(1993年11月号)を引っ張り出してきました。
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※「鉄道ファン」誌通巻391号より転載

キャプションでは、門司機関区のEF10のうち6両がステンレス製とありますが、他方巷間では5両説もあります。どちらが事実かはウチは知り得ません1960(昭35)年に門司で撮影されたとされるこの記録ですが、現在構内の殆どが交流化されている門司構内に、直流機のEF10が何故入線できるのか?とも思われるでしょう。この当時九州島内での交流電化はなされておらず、1961(昭36)年6月の門司港~久留米間がその嚆矢であり、この時にEF10から交直流機のEF30へとバトンタッチしています。ですから撮影当時の門司構内は関門トンネルの直流電化区間の延長上であり、EF10が入線できたわけです。

このEF10 24、9ミリでは有井(マイクロエース)が以前に出していました。2003年7月の発売ですからもう14年も前になりますか。ただこの当時ウチはEF10 24の無塗装に今一つ魅力を感じず、後で欲しくなった時にはもう中古店でプレミア化していたというオチw 今回のラウンコハウス製はお約束の「タイプ」ですから、尾灯形状の違い、台車砂箱の数が半分しか無い等々、実車との相違点が多々あります。有井製のEF10 24は、砂箱の数に関しては「実車通り」なので、ラウンコハウス製が世に出てもまだアドバンテージはあるかも知れません。
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数日前に撮影したロクヨン1000の上り貨物です。弊糞ブログにおいて以前触れたのはこの時で、やはり機次位にはランテックのコンテナが載っています。コンテナにも運用があるという事でしょう。

それより何より、この撮影が数日前ですから、ダイ改後・・・そう、改正後もこの運用は残ったのです!通過時刻も変わっていないようなので、今後も出勤時に東海道線東京口での貴重な愛知機関区のロクヨン1000の姿に接する機会がありそうです。しかし画像の1004号機、更新されているとはいえ車齢37年目に突入ですね。国鉄時代は赤字だろうが何だろうが税金で機関車をバカスカ新製してポイポイ捨てていましたが、いまはそんな事が出来る時代ではありません。ポストロクヨン1000がどうなるのか、いささか気になります。

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# by odoriba96 | 2017-03-18 11:34 | 9ミリ(客車/貨車) | Comments(0)
2017年 03月 15日

最近のある事ない事~京葉線ダイ改ネタほか

件の「東武100系スペーシア初乗車誤認識事件」(通称:スペーシア事件)による自己否定が忙しいのですが(何 最近のネタを小出しです。
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※2009年4月2日 葛西臨海公園

イキナリ過去画像という段でヤル気を感じられませんが(何 この武蔵野線205系による東京~西船橋系統といいますと、かつてはダイヤ乱れ時の京葉/武蔵野系統分離に際してや、マイアミ駅前某園多客対応として特定日の週末に運転される程度のもので、要は不定期の存在でした。
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※2017年3月3日 マイアミ

しかし、今回の3月一斉改正で、遂に東京~西船橋系統が「定期列車」として現出してしまったのです!これは1990(平2)年の東京開業による全通以来有史始まって初の事ではないかと思われます。画像はマイアミのホーム上の掲示ですが、武蔵野線系統の増発をアピールしています。そしてその増発便のイラストがE233系5000番台であるのがミソで・・・
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※2017年3月8日 東京

なんと、京葉線車両即ち10両編成による武蔵野線西船橋行の設定となったのです!しかし、単に「10両編成の武蔵野線」であるならば、以前より西船橋~海浜幕張方面のシャトル便で存在しますから決して珍しいものではありません。しかしこれが「東京側からの設定」としては初物なのです。画像の通り、この日はケヨ34番編成充当にブチ当たるというのが如何にもウチらしい!?
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※2017年3月8日 東京

ウチもこの列車の登場は駅頭の告知で把握済みでしたが、これの送り込み便が退勤後たまに乗車するマイアミからの東京行とは思ってもみませんでした。その便は改正前マイアミ18:08発で始発が新習志野なので、幕張新都心からの帰宅客もおらず空いていて狙い目の列車でした。ところが改正後マイアミ18:07発はと見ればフツーに混んでる!?なんと始発が海浜幕張になってしまったのです(泣 しかもこれが東京からの折り返し西船橋行になるという・・・。
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※2017年3月3日 マイアミ

さてこの東京~西船橋系統、今回は2本が設定されました。画像のマイアミ駅時刻表によれば、赤枠囲みの18:49発と20:37発で、前者のほうが京葉線スジからの立て替えによる武蔵野線増発便となります。しかし西船橋止まりでは「武蔵野線」としての意義がウスいのでは?と思われるかもですが、マイアミから超満員の武蔵野線も、実は西船橋でドッと降車し乗客が入れ替わるという現実があります。しかし東京側での「10両編成の武蔵野線」はこれまで馴染みが一切無いので、乗客は皆8両編成乗車位置で待つのか、マイアミ駅での様子を一度見てみたいものですw

そして後者のマイアミ20:37発西船橋行ですが、これは8両編成の武蔵野線車両というのがまたミソです。ではこの2本の東京~西船橋系統を含む運用を、抜粋してみましょう。以下、2017年3月改正の平日です。

 ★京葉線10両編成
 (前略)
 海浜幕張17:46 → 東京18:24  1732Y
 東京18:32 →  西船橋19:06  2832E
 西船橋19:13 → 東京19:47  2933E
 東京19:52 → 蘇我20:42  快速1933A
 (後略)

 ★武蔵野線8両編成
 (前略)
 府中本町17:54 → 南船橋19:23  1759E
 南船橋19:28 → 西船橋19:34  1958E
 西船橋19:41 → 東京20:09  1959E
 東京20:20 → 西船橋20:49  2058E
 西船橋21:19 → 新習志野21:28  2159E
 (後略)

武蔵野線8両編成の1958Eに注意!なんと1駅列車ですw
首都圏における国電ではこれが最短でしょうか?
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※2017年3月8日 東京

E233系5000番台の上総一ノ宮行と並ぶ西船橋行。それぞれの行先だけ見ると、総武線系統のバイパス線というか補完線としての役割の一面を担う印象を、改めて強くします。
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※2017年3月13日 マイアミ

湾岸ネタでもう一つ、まさかの「快速連続ダイヤ」です。画像のマイアミ発東京方面土休日16時台に注目、16:49発と16:57発が赤色三角印、即ち快速列車です(黒色星印は武蔵野線8両編成)。これは近年では記憶に無い珍現象です。種明かし言うほどではないですが、前者は上総一ノ宮始発、後者は蘇我始発です。この両者間には海浜幕張始発の各駅停車が挟まっているのですが、後者がこれを新浦安で抜いてしまうため、新浦安~東京の区間限定でこのような事になってしまったようです。
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先日入手したGMの東武6050系塗装済みキット、定価の半額程度で値ごろ感はありますが、今更これを買うか?的な印象はやはり否めません(何 画像は8年前に手掛けた野岩60100タイプですが・・・「登場時」なんて仕様にしたおかげで扱いに困るかもしれません(何

それはさておきこの塗装済み6050、よく言われるのはその見た目のウイークポイント。前照灯は小さすぎ、側窓はフチをガラス側成型としたのも相俟って印象がヘン、前面の輪郭がヘン等々、未塗装板キットの出来が秀逸であったのと比しての「劣化」具合が目立ってしまっているようです。しかし、あの塗装パターンが複雑な6050系モデルの普及に果たした「功」は大きいと思いますし、その後の鉄コレモデルの塗装が不安定であることや、GM完成品はキットパーツからの部品流用が見た目多く高額なくせに出来がチープであることを引き合いにしても、「選択肢」としての存在意義は全くゼロとも言い切れないと思います・・・贔屓目かもですがw
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で、その前照灯について「改善案」のヒントを得ました。GM東武8000系一体成型キットで未修繕車を造れば造るほど湧き出るという、箱型のライトケースパーツです。案の定、ウチからも大量出土です(爆
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このライトケースを充てるという・・・なるほど。6050系の前照灯パーツは前面ガラスの開口部に嵌め込むものですが、この開口部を拡大してライトケースパーツを裏から差し込むか、はたまたライトケースパーツをスライスして表から接着するかに二択でしょう。ウチ的には後者のほうが確実かと感じます。
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こんなパーツも発掘されました。ワンマンスピーカは850系に充当したので使いかけです(汗 2017年の今日にあってはGMの完成品でフツーに2個パン仕様がありますから、それを求めるのが無難ですね。しかしウチは見ての通りの捻くれ加減ですから、そんな概念はありません(爆
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最近、完成品の入線が無い?まさか(爆
画像の通り、よくわからない事をして遊んでいますw
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※2017年3月14日 新橋

昨春から耐震補強工事に伴い改築されていた新橋養老が、去る3月9日に「一軒め酒場」へとチェンジして再オープンしました。「一軒め」言うと横浜西口にも店舗がありますが、そこは兎に角テーブルが小さい、テーブル同士が近い、通路が狭い・・・と「詰め込み感」のある落ち着かないイメージなのですが、ここ新橋の「一軒め」は養老時代と変わらぬ余裕のある配置でした。

ただ、オープン直後というのもあるのかスタッフの威勢が良すぎて、キッチンに近い席だと人によってはかなりやかましく感じるかもしれません。ま、ウチの場合は自身のメートルを上げてしまえば気にならなくなりますがw 「一軒目」は養老よりも価格帯でワンランク落ちるので、やはり安いです。新橋養老不在のこの1年間は代替店舗に通いましたが、そこでの割り勘額が大抵¥3000~¥4000代であったのに、今回「一軒目」でいつも以上の長時間粘って、その割り勘額何と¥2000代であったというのですから驚くべきものです。

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# by odoriba96 | 2017-03-15 10:39 | 実車趣味(JR) | Comments(4)
2017年 03月 11日

海馬に重大な障害

過日、東武100系初乗車なる旨の記事を平然とupしていましたが・・・とんでもないことです。

2010年3月23日に乗車済でした・・・7年前のことです
20年前の事はよう覚えてるのに、数日前の事は・・・とはよくあるハナシですが、本件は事が事だけにショックです。表題の通り、海馬に重大な障害が生じているようです。もう周りに会わせる顔が無いですね、お粗末様でした。


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※2017年3月5日 下今市

って、まあそれはどうでもイイです(爆
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※2017年3月5日 下今市

6050の2個パン、カッコイイよね~。
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それが中古品であっても、イマドキこんなシロモノを求める馬鹿も相当限られるでしょう。
しかしこれだけは言う。ウチが初めて乗った・見た・接した東武電車は、6050系であった、その思い入れというものを。

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# by odoriba96 | 2017-03-11 22:12 | 9ミリ(民鉄その他) | Comments(2)