赤い電車は臼い線

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2015年 05月 01日

鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(夢空間編その1・スベル、スベラー、スベレスト)

暦は五月へと替わり、巷間はいよいよあの魔のダイヤモンドウイーク(死語)!
弊ルーティーンはそのダイヤモンドウイークに大きく左右され繁忙を極めるのが通年どおりなのですが、今年はちょっと逆の意味で異常かも知れません(謎

最近の鉄模市場は蕨からブルーラインやオシ16、それに東武の18形角目が出たり、カトーから8181のお召復刻仕様が出たりしていずれも割合売れ行きが良さそうですが、それらを後目に空気を詠まず・・・
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安定のお葬式です(爆
お約束の中古ですが、お葬式第3発目は悪夢空間夢空間です!

9ミリでは蕨(マイクロエース)が2003年4月に製品化しセンセーションを呼び、翌2004年4月に再生産に及ぶほどの人気モデルとなりました。2007年4月にも2回目の再生産が行われています。そして同年12月には4年越しの後発ながら年末商戦アイテムとしてトミックスも製品化。客車のみの通常版セットと機関車込みの限定版セットの2本立てとなりました。

限定版は兎も角、通常版の再生産はなされていないと思い込んでいたのですが、どうやら2012年に再生産されているっぽいものの、市場では余り見かけなくなっています。限定版については2007年12月の発売ポッキリで再生産はありませんが、同梱のEF81の「流れ過ぎ星」がマニアックであるほかは、客車の収録形式が正直イマイチで私的にメリットが少ないです。そうは言っても定価を大きく下回った売価にしてパーツ類未使用であること、そしてEF81がイレギュラー仕様であることなどから此度の入線となったのです。
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車両の概要や薀蓄は後回しとして、先ずは表題通り注目?の車輪の転がりを検証します。
先ずはカニ24・・・約3車分。
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オハネフ24(尾灯無し)・・・約3車分。
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オハネ24・・・約0.8車分。
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デラックススリーパー・・・約2車分。
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ラウンジカー・・・0車分。
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ダイニングカー・・・約2車分。

気持ち悪いぐらいバラバラです!(爆


そしてこれらは全て初期新集電です。もっと言うとカニ24以外は台車形式も同じはずですが、何故かくも症状(滑走距離)にこれほどまでの差が出るのか・・・。部品精度の不安定さを疑わざるを得ません。
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6両中で最もヒドかったラウンジカーと、逆に調子の良かったオハネフ24の車輪を比較してみます。左がラウンジカーで右がオハネフのもの・・・見た目に相違は見出せません。集電板との接触か、集電板の軸受との相性なのか、何にせよどこか一点でケチがつくと機嫌を損ねてしまうのがこの時期の「初期新集電」の特性と言えます。
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そこでトワイライト編と同様、現行新集電車輪へと換装します。但しこの対処法は再三ですが尾灯や室内灯などを有する場合には無効です(集電板無しで車輪を台車枠にセットするので)。ウチは旧形客車を含めると推定300両程度の客車を有するものと推測されますが、そのうち室内灯装備車両は1両もありません。なので躊躇い無くこの方法で転がりの改善を進める次第です。
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車輪交換の対象車は、転がりのヒドさワースト2のオハネ24とラウンジカーです。
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果たして車輪交換を施せば・・・
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目も眩むような超滑走・・・車両はいずこへ(爆
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車輪の転がりの善し悪しとは無関係ですが、セットの6両の客車のうち夢空間の3両だけはボディマウントTNカプラー対応の床板になっています、但しこの事について取説では一切触れられておらず、車両毎の転がりのバラつきといった精度のの不安定さといい、何とも中途半端というか迷走の一端が窺えるように思えてなりません。

その2に続く)
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# by odoriba96 | 2015-05-01 15:41 | 9ミリ(客車/貨車) | Comments(0)
2015年 04月 27日

鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その5)

トワイライトが来る前に~よもやま備忘録
鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その1)
鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その2)
鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その3)
鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その4)

前回入手した旧集電車輪(黒染め)を灯具を有さない車両の台車へ集電板レスで換装させ、灯具を有す車両については現行新集電台車への交換によって転がりが劇的に改善されたトワイライトの旧編成。今回は機関車ネタです。
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客車と同梱のパーチのナンバーがこんなんだったので、他号機の中古ナンバープレートを入手しました・・・機関車付きでw 相変わらず安定の5代目モデルで品番は2134、例によってロット時期の兼ね合いからJRマークはありません。側面採光窓が白ゴムで前面窓が黒ゴムというハイブリッドないでたちが特徴的(客車同梱品は全て黒ゴム)ですが、これは113・114号機のトワイライト色化後当初が該当します。
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先に入線していた客車同梱品と並べてみます。左が此度入線の品番2134の単品・・・前面からの限りでは両車に相違は見出せません。そしてどちらもスカート回りが衝撃緩衝装置一式の装備後となっています。
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そこで片方を同装置一式装備前のいでたちにしてやります。手許の客車はスロネフの展望窓外部の水切りが無い仕様ですから、同装置一式装備の有無の両時期のパーイチ牽引が楽しめるのです。用意したるパーツはトミックスのEF81用スカートのノーマル仕様(PZ6266)。逆に同装置一式装備のスカートもこのようにパーツ単位で流通しています。トミックの流通パーツはカトーのASSYほどの種類ではないにしろ、比較的安定供給されている印象があり頼もしいです。
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合わせてナンバー/メーカースプレートも取り付けます。画像では既に切り出しかけですが、収録内容は103・104・113・114号機の4種で無難そのもの。客車同梱品に43・44号機のナンバーを収録したのはメーカー側からのバリエーション展開の気遣いでしょうが、フリーのナンバーを収録してまで・・・と思います。
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単品は113号機(日立)とし、スカートをノーマルへと換装しました。
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客車同梱品は104号機(三菱)とし、スカートはそのままです。
どちらも5代目モデルですから、ボディの交換によりスカート回りの仕様違いの時期を入れ替えられますし、113号機の採光窓の白ゴムも初期型・東日本色の白ゴム化で発生したパーツで黒ゴムへ変身させる楽しみもあります。ま、実際やらないだろうけどww

ここで手許の「鉄道ファン」誌から各機のトワイライト色化の詳細な日付が判明したので、衝撃緩衝装置一式の施工日(再掲)と併せて記します。

★トワイライト塗色化★(鉄道ファン誌№414)
 EF81 103  1989・6・30~
 EF81 113  1989・7・12~
 EF81 104  1989・7・21~
 EF81 114  1989・8・22~
 EF81 44   1991・4・3~
 EF81 43   1991・7・21~

★衝撃緩衝装置一式装備★(鉄道ファン誌№425)
 EF81 43  全検入場  1991・7・20
 EF81 44  臨時入場  1991・9・6
 EF81 103 臨時入場  1991・11・9
 EF81 104 臨時入場  1991・7・10
 EF81 113 臨時入場  1991・9・30
 EF81 114 臨時入場  1991・12・12

43号機はトワイライト色化と衝撃緩衝装置一式の装備を全検で纏めて施工された唯一の存在ですが、上記の通りデータ上では1日のズレがあります。ただトワイライト色化については「××日から」という表現なので、1991年7月21日が本線での使用開始日で、その前日が出場日という事なのかも知れません。
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トワイライト色のパーイチは計6両が存在しましたが、その役回りはトワイライトエクスプレスの牽引に留まらず、数多の多客臨やジョイフルトレイン、更には貨物列車や入出場回送牽引などなど幅広い役回りを担いました。意外にありそうで滅多になかった?のがトワイライト色同士の重連で、これは先月の廃止に際して最終運用車の返却回送で南福井以西で実現していますが、この他にも故障救援で新疋田以西で実現したケースもあるようです。
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# by odoriba96 | 2015-04-27 20:11 | 9ミリ(電気機関車) | Comments(0)
2015年 04月 26日

鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その4)

鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その1)
鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その2)
鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その3)
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最近は日照時間も長くなり日中は汗ばむ程度の外気となり、季節の移ろいを大いに実感させられますが如何お過ごしでしょうか。今週末の湾岸はというと、土曜日出勤時の京葉線東京駅界隈における「ウチみたいなヲタの客層」の蝟集に異変を察知し、調べてみれば幕張での超会議だったんですねぇ。まあ言わずもがな、ウチは超会議どころか超出勤でしたが(爆
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そんな本日は退勤後に寄り道です。
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戦利品は富のTR217「台車ごと」2両分と・・・
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旧集電の黒染め車輪7両分です。
ここまでの経緯は言わずもがなですが、要は尾灯などの灯具を有す車両に関しては「台車ごと」交換にて、それ以外の車両については集電板ロスで「旧集電車輪」を装着させるという体裁を採る事としたのです。これにより「全車・台車ごと全交換」プランと比して半額以下のコストに抑制されたのは大きな事です。
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御託はさておき、兎にも角にも装着です。まず実用上問題となる事は有りません。ホールド具合も不安を覚える事はありません。そしてそれより何より驚いたのが・・・
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約4車分滑走でタイ記録きったああああああああああああああああ


もうワケがわかりません!
旧集電車輪直付けを前回テストした際の結果は約2.5車分滑走であり、まあこんなもんかと納得のうえ旧集電車輪の直付けを結論としたのですが、現行新集電台車装備ですら約3車分の滑走でしたから、それを超越するとは一体何様なのかw 尤も、集電スプリングが無いのでそのテンションの抵抗分が軽減されている可能性もありますが・・・先が思いやられます(何

その5に続く)
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# by odoriba96 | 2015-04-26 22:55 | 9ミリ(客車/貨車) | Comments(0)
2015年 04月 25日

嗚呼、「夢空間」(フラグ)

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・1991(平3)年4月21日 鶯谷にて

申し訳ないが・・・つい昨日の事のように思い出します、この頃を・・・。
やっぱ90年代がベルエポックだったんだね・・・ウチの実車趣味の。
そして0年代になってそれまで冷やかし程度であった鉄道模型に傾注するようになった、と。

画像はEF81 89牽引の「北斗星82号」9010レ。
「夢空間」連結ながら「夢空間北斗星」や「北斗星トマムスキー」の類ではなく、単純に「北斗星」の臨時扱いの列車名であるのに注意。ヘッドマークもシンプルな「北斗星」のままです。先頭に立つ89号機は1999(平11)年より「カシオペア」の専用塗色機となりましたが、2008(平20)年に故障で再起不能となり廃車となっています。
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・1991(平3)年2月頃? 大船~戸塚間にて

PF牽引の「夢空間」with24系は「北斗星トマムスキー」の回送でしょうか。撮影場所は画像の通りバックに東海道貨物線~根岸線を結ぶ高架短絡線からして、大船を北上して根岸線と東海道線がY字に分岐するポイント。もっと言うと飯島跨線橋の傍ですが、当時ウチは本郷台の在でしたから界隈は自転車での行動範囲であり、幾度通ったか想像も尽きません。ウチが30年前に205系量産先行車の甲種輸送と試運転を目撃したという述懐の舞台はまさにこの界隈です。

画像手前には農耕地が拡がっていますが、現在此処は宅地開発がなされてしまい昔日の面影は微塵も無くなり、撮影には全く適合し得なくなりました。撮影の対象となり得るアイテムも20数年前のこの当時からすれば激減どころか死滅に等しいものですが、シンクロするように撮影場所の制約が伴うのも皮肉な限りです。
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# by odoriba96 | 2015-04-25 22:58 | 記憶のレール(国鉄・JR) | Comments(3)
2015年 04月 24日

鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その3)

鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その1)
鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その2)

何だかんだで続いているシリーズです(何
車輪の転がり具合の粗悪さで悶絶しているトミックス製客車(2000年代初頭ロット)の改善策として、米欄を通じて或るヒントを得たのですが、それは「室内灯を装備しない前提で、集電板を介さずに車輪を装着する」というものです。

で、本日未明に目が冴えてしまった(病)ので未明に夜な夜な検証してみました。
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まずは件のトワイライトセットに封入されている取説ですが、集電板を介さずに車輪を装着せぬように・・・という、通常であれば触れる必要があるとは考えにくい事象を取り上げています。このあたり、メーカーとしても自覚があったということなのでしょうか?
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ま、そうは言われてもやってみたくなるのはバカの証ww
当然のように車輪は全くホールドされません。
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そこでセレクトせしめたるのはこちら・・・画像左のカトーの片側絶縁車輪です。画像右はデフォルトのトミックス初期新集電車輪です。見ての通り、フランジセンター間に大きな狂いはないものの、タイヤ厚しかりピボットの突出具合に差があります。
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トリミングでズームアップしてみますと・・・
カトーのは綺麗に円錐が出ていますが、トミックスのはピボットとプレーンの合いの子みたいになっています。
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兎にも角にも、そのカトーの片側絶縁車輪を集電板レスで嵌め込んでみますと・・・概ねピッタリです。少なくとも車輪脱落の懸念は感じさせません。これはイケるか?とトライしてみたところ・・・
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う~ん、滑走距離は約1車分です。
相対的に見ればデフォルトよりはマシになっていますが、絶対的に見た時に「転がりが良い」と言い切れるかどうか微妙なところです。ただ、メリットはあります。台車ごとの交換と比してコストが低減されますし、何より集電板が無いので件のフランジとの接触が無く車輪の劣化を防げるということです。
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再掲ですが、トミックスの現行新集電ですと滑走距離は約3車分オーバーです。
これを認識してしまうと悩ましいです。
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そこで更に悪あがき・・・カトーの片側絶縁車輪はメーカー違いによる相性と捉え、手持ちの鉄コレに充当していたトミックス「旧集電」の銀色車輪を借りて、トワイライトの台車枠に嵌め込んでみます。まあまあ脱落の心配が無い程度にホールドされますが、果たして滑走距離は・・・
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!!!


約2.5車分の滑走であり、現行新集電の約3車分オーバーには劣るものの、相当な改善が果たせています。これは冒頭の通り室内灯はもとより尾灯の類の装備には対処しかねるものですが、そのあたりを上手く采配すればこれが現時点で「コスト対効果」で見て最善と言えるかも知れません。但し旧集電車輪ですので、入手如何の容易さ云々についてその限りではありません。

此処でふと思ったのは、集電板を介さずの台車枠への車輪装着はGM(グリーンマックス)台車のキット向けのそれでは?ということ。なので早速手持ちのキット組みを滑走させてみました。
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オハフ61(TR11台車)・・・約3車分滑走。
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オロ11(TR50台車)・・・約3.5車分滑走。
GM(それも板キット)のほうが滑走が良いって、何だかなぁ。
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自棄になって他社車両の滑走もトライしました(爆
これはマイクロエースのスハネ30(「銀河」セットのやつ)・・・
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マイクロエースのマニ60(61系客車セットのやつ)・・・
このメーカーだけはどうにもならんようです(爆

つづく
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# by odoriba96 | 2015-04-24 23:17 | 9ミリ(客車/貨車) | Comments(0)
2015年 04月 23日

鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その2)

鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その1)

あらすじはリンク先を参照いただくとして、ざっくり進めます(何
兎にも角にものトミックス製モデルにおける2000年代初頭の「初期新集電機構」による車輪の転がりの悪さ、それを解消すべくの悪あがきが今回のメインテーマです。
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先ずは初期新集電台車の現物画像。
何が何だって見て下さいよ・・・信じられない!集電板とフランジが接触しかねない(個体によっては接触している)クリアランスです。集電バネのテンションによる抵抗も有り得ますが、実際の所このクリアランスの無さが転がりを殺している主因とも言えます。

巷間のwebサイトでは集電板を「V]状から「U」状への矯正を奨励する記事もありますが、集電板はゴムのように伸びるわけではないので、「U」状に変状させれば車輪のピボットと集電板のピボット受けの位相がズレて摩擦抵抗が増大し、却って症状を悪化させるだけです(検証済み)。

もっと言うとフランジの摩擦抵抗然り集電板との接触は車輪の劣化を進捗させるだけで良い事は何一つなく、後に記す結論へと導かねば為にならないでしょう。そういえば某中古店に「車輪劣化」のトミックス製寝台客車の並ぶことがあったが・・・これが原因か?
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そんなわけで本日退勤後に頑張って寄り道してきました(何
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して、今回のドナーはスシ24とカニ24です。
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巷間のwebサイトでお馴染み?の、リレーラー頂部からの滑走による比較テストです。
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先ずはカニ24・・・画像は荒ぶれていますが、大して滑走していません(爆
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停止しました。
リレーラー先端からカプラー先端までの距離は僅か4cm・・・先が思いやられますw
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続いてスシ24・・・まさかの不動明王につき計測不能です(爆
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散々な結果でしたが予定調和ですw
先ずはカニ24の台車を現行品に換装します。
そしてリトライ・・・
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失語症待ったなし


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続いてスシ24も換装しリトライ・・・
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キャメラが追い付きません!!(爆
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失語症待ったなし


結論から言うと、初期新集電の集電板と車輪は使いようがありません。画像は省略しますが、車輪のピボット形状自体が初期新集電と現行新集電とでは別物なのです。このあたりはメーカも認めざるを得なかったのでしょうが、機関車の牽引力と線路条件のユルささえあれば走行不能とは言い切れないグレーゾーンであり、難しい部分です。
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最後に現行新集電台車の画像です。
おわかりいただけるでしょうか・・・集電板とフランジのクリアランスに全く不安がありません。というわけで・・・

カネにモノいわせて台車ごと全交換


というのがトータルで見ても無難且つ最善の選択肢と言えましょう。
そういえばEF81のスカートパーツも同時に購入していたようですが・・・まあ何が起こるかはいずれ判るでしょう(震

つづく
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# by odoriba96 | 2015-04-23 22:24 | 9ミリ(客車/貨車) | Comments(2)
2015年 04月 22日

鉄道模型で楽しむ寝台列車のお葬式(トワイライトエクスプレス編・その1)

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表題のままですが、予定通りトワイライトエクスプレスの9ミリモデルが入線しました。
但しモノは今をときめく?カトー製ではなくトミックス製のそれも旧製品(2代目)でして、故に額面も機関車込みで¥20kを切る(外税)リーズナブルさでした。ウチではカシオペアに続く固定編成客車第2弾となるわけですが、そのリーズナブルさに秘められたモロモロがあるわけで・・・追って見てみましょう。
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モノは2003年ロットで、フル編成化に際しては3セット構成(品番92240・92241・92242)となりますが、紙製パッケージの92240の車両(機関車含む)については他の2セットのブックケースに纏められています。リーズナブルさの理由の1つと思われますが、紙製パッケージはどのみち廃棄の運命にあるので問題とはならず寧ろ良かったです。
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現物を手にして今更ながら判明したのですが、トミックスのトワイライトは実車のリアルタイムでの遍歴を全く関知せず「我が道を行っていた」ということです。先ず見ての通りでスロネフ25の展望窓外部の水切りがありません。実車では1991~92年頃にかけて追設されているにも関わらず、2003年ロットでも無視を決め込んだ図太さは相当なものですw そして2001~2002年にかけてのリニューアルで実車は外部塗色の黄帯の上下に銀縁を加えていますが、2003年ロットでは先の水切りとのバランスをとったのか、はたまた眼中になかったのか当然のように旧帯のままです。

結局トミックスのトワイライトが実車に追いついたのは2012年ロットからで、この時漸くスロネフ25の展望窓外部に20年越し(!)で水切りがモールドされ、外部塗色も10年越しで新帯へと改められたのです(更には一部洗面所窓などが埋められた)。そう考えると随分と長い事、巷間のユーザは古めかしいトワイライトを押し付けられていたわけで・・・。
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台車自体は(初期)新集電機構・黒染め車輪ですが、ボディマウントのTNカプラーには対応していません。これもリーズナブルさの因子か・・・。まあウチでは問題となるところではないのですが、(初期)新集電機構については後に触れます。
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実車は2編成(第3編成はディテールが異なるので別物)あったにも関わらず車番やロゴの類は印刷済みでありがたいです。ウチはインレタの転写の手間というよりは、それに伴うコーティングを大変な手間と感じます(つまり車体を完全にバラす)。コーティングせずとも多少は持ちましょうが、やはり盤石とは言えません。
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専用塗色のパーイチはダイキャストの陽刻の2131然り、安定の5代目モデルです。
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その車体はといえばわざわざ金型を起こしてあり、運転室側窓のバランサー点検口が設けられています。このバランサー点検口は北陸のパーイチの特徴とも言え、製造年次に関わらず後天的に追設されています(450番台なんかは新製時から有り)。トワイライト機は6両全車がバランサー点検口を有しますが、画像の通りEG灯が電球内側交換式の縦長仕様ですから、103・104・113・114号機が該当します。しかし、付属のナンバープレートをチェックすれば・・・
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失語症待ったなし


それが仕様であっても、なんだかトンデモないシロモノを掴んでしまったのかも知れません・・・。因みに43・44号機は当初前面窓白ゴムで後に黒ゴム化されましたが、EG灯が小型の外側電球交換式なので別物です。
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前面のスカートはお約束の衝撃緩衝装置一式のモールドがなされています。実車では1991年7月から装備されていますので、編成全体で見ればスロネフ25の展望窓外部への水切り追設がなされた1991年末~1992年にかけての、何と1年にも満たない期間の姿という事になります。しつこいようですが、こんなモデルで2012年までよく押し通したものです。やはり鉄道模型専業ではないメーカーの怠慢というか驕りでしょうか。
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ウチが撮影したトワイライトの最も旧い記録がこれ・・・1991年5月3日に富山で撮影した8001レです。衝撃緩衝装置一式が装備され始める2ヶ月前の事で、103号機のスカートまわりはスッキリしています(ラウンドハウスの「タイプ」がこれに相当する)。
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そしてリーズナブルさ最大の決め手はこれ・・・新集電機構にも関わらず、転がりが見ての通りです(涙 以前に模型仲間のトミックス製ブルトレのフル編成が花月園の勾配を上らなかったのを目にしたような記憶がありますが、機関車ではなくどうもこれが原因と言えそうです。新集電機構と一口に言ってもその初期製品はご覧の有り様で、キーワードでググれば多くの事象にヒットすることでしょう(因みにこれが該当するのは「さよならあさかぜ」「さよならはくつる」「北斗星・東日本Ⅱ」「エルム」など2000年代初頭のロットだそうです)。

結論から言ってしまうと現行新集電機構の車輪と集電板に交換してしまうのが確実なのですが、集電板の分売が行われておらず上手い具合に収まりません。カニ24向けのDT21Bやその他車両向けのTR217といった「台車ごと」の分売による台車交換という手もありますが、10両全てとなると車両セットが1つ、中古の電気機関車が2両ぐらい買えてしまいそうな高コストが降りかかります。
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仮にここで台車全交換となるとそれこそ「安物買いの銭失い」であり、余程プレミア化しているカトー製を求めた方が低廉に済み賢明だったのではとも見れますが、ウチはこれに関しては全く後悔していません。何故なら、90年代に輝いた「旧帯」のトワイライトが欲しかったからです。2012年ロットの改良されつくしたトミックス製でも、2011年発売で2015年再生産分が瞬殺したカトー製でも得る事の出来ない、旧帯のトワイライトこそ私が実際目にした唯一のトワイライトの艶姿だったからです。

しっかし台車、どうすんべかな・・・。

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おまけ:

ブックケースのウレタンにはご丁寧にDD51用のカットが施してあり、「買え」とばかりに要らぬプレッシャーをかけてきますw まあ確かにいずれは「カシオペア」牽引も兼ねられますので入線させたいところですが、少し前まで市場に残っていた在庫は「北斗星・カシオペア・トワイライトバブル」によって枯渇してしまったので、早急な再生産を望みたいところです。

その2に続く)
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# by odoriba96 | 2015-04-22 17:16 | 9ミリ(客車/貨車) | Comments(4)
2015年 04月 20日

パーイチの予感!トミックスEF81(初期型・東日本色)の白ゴム化

既に入線済みのトミックスEF81(初期型・東日本色)ですが、漸く封入ミスの前面ガラス交換が成されたので作業に着手しました。作業といってもガラス交換だけですから、パーツ類の取り外し及び装着の際の破損に注意する以外は、特別な事は何もありません。
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製品状態ではこのように黒ゴムですが、再三触れますとこの仕様が該当するのは18号機のみです(17号機はバランサー点検口を有す)。なのでここはナンバリングの幅を拡げるのと、やはり東日本のパーイチが最前線にあって輝いた90年代こそだよね・・・ということで白ゴム化します。
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充当パーツはトミックスのPG-003(EF81用窓ガラス前面)とPG-004(EF81用窓ガラス側面)で、いずれも白ゴム仕様です。現在市場に供給されているトミックスのパーイチは動力が刷新され前面誘導掛用手摺が別体化された6代目モデルですから、ガラスもそれにマッチする前提ですが実際には5代目モデルにも充当でき、互換性があります。なので6代目モデル然り5代目モデルでも黒ゴム→白ゴム化はいたって容易です。
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ガラス交換は無事了し、白ゴムで顔立ちのハッキリした初期型・東日本色が生まれました。ナンバーは収録ナンバーで最若番の13号機としましたが、実車の13号機は小うるさい事をいうと尾灯が外嵌め式に改造されているのです(他に17号機が該当)。ただ取り付け座が内嵌め式の大きいままなので見た目が殆ど変らず、言われなければ判らないレベルであり模型となれば尚更なので、問題無く?13号機とする事が出来ます。

画像で肩を並べたるは品番2132の5代目モデル東日本色で、ロットの違いから同じ赤2号でも微妙に濃度が異なるのが却って実車っぽくて楽しいです。20系連絡電話用KE59Hジャンパ栓及び前面窓下通気口の有無や、前面ナンバーが直貼りかブロック式かの違いが見てとれます。
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屋上機器の形状然り、EG灯の形状も当然のように違います。
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先の比較用の品番2132とは異なり、製品化が後発なのでJRマーク(大)が印刷済です。JRマークインレタは現在入手が難しいので、JRマーク印刷無しの個体との差が目立ってしまって悩ましいです。
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お供は化成品タキや日立セメントか、はたまた安中貨物の「トキのみ」か。
手許を発掘したところトミックス(香港製)のタキ1900日立セメントと、同じくトミックスのタキ5450(常備駅というか所有先が常磐線沿線ではないですが)が出てきましたので、とりあえず連結させてみました。いずれは編成モノとして見栄えがする長さに仕立てたいですね。
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# by odoriba96 | 2015-04-20 18:26 | 9ミリ(電気機関車) | Comments(0)
2015年 04月 20日

トワイライトが来る前に~よもやま備忘録

このところ思わせぶりな記述ばかりですが、まあ最終的な答えは同じなので(何

先のダイヤ改正で廃止された「トワイライトエクスプレス」は、9ミリではトミックスとカトーがラインナップしています。前者は実車の登場からさほどのインターバルを置かず1990(平2)年に発売、後者はずっと遅れてというか今更感満点で2011(平23)年に発売しています。改めて見ますと両者間の20年の開きって驚きです。

ここではメーカー問わずというか、9ミリでトワイライトを愉しむうえでポイントとなりそうな(と私的に感じた)項目を抽出し備忘録的に纏めてみます。

★1989(平元)年7月 「トワイライトエクスプレス」運転開始
当初は団臨扱い。編成も変則の9両にして、以下の通り。

※青函間は逆編成
↑大阪
 1号車↑スロネフ25-500  スイート/ロイヤル
 2号車 スシ24   ダイナープレヤデス
 3号車 オハ25-550   サロン・デュ・ノール
 4号車↓オハネフ25-500  Bコンパート
 5号車 オハネ25-560   Bコンパート
 6号車 オハネ25-560   Bコンパート
 7号車 オハ25-550   サロン・デュ・ノール
 8号車↓スロネフ25-500   スイート/ロイヤル
     ↓カニ24
↓札幌

今からすれば驚きなのが、1編成中にサロンカーとスイート/ロイヤルが2両ずつ組み込まれていたという事。豪華寝台列車を売り文句にした「団体臨時列車」であったから出来た芸当なのかも知れません。電源車側連結の8号車のスイートルームは、展望窓越しに見えるのはカニの妻面だけな上に発電機の騒音と隣接した、かなり気の毒な仕様であったと思われます。

専用塗色のEF81は103号機への施工を皮切りに、先ず運転開始当初は3両(103・104・113)を用意。やや間があって114号機も登場。1991(平3)年4月には第3編成の運転開始に備えて44号機、更に同年7月には43号機が同様の装いになって登場しました。43・44号機の2両は前面窓が当初白ゴムのままで且つEG灯も小型のグループであり、それまでの4両とは一線を画しました。
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★B個室寝台「ツイン」「シングルツイン」を連結
1989(平元)年11月運転分からオハネ25-510/オハネ25-520の組み込みを開始し、編成は以下の通り。

※青函間は逆編成
↑大阪
 1号車↑スロネフ25-500  スイート/ロイヤル
 2号車 スシ24   ダイナープレヤデス
 3号車 オハ25-550   サロン・デュ・ノール
 4号車 オハネ25-520  ツイン/シングルツイン
 5号車 オハネ25-510  ツイン/ミニサロン
 6号車 オハネ25-560   Bコンパート
 7号車↓オハネフ25-500   Bコンパート
 8号車 オハ25-550   サロン・デュ・ノール
 9号車↓スロネフ25-500   スイート/ロイヤル
     ↓カニ24
↓札幌

★一般臨時列車化による編成変更
依然としてサロンカー及びスイート/ロイヤルは2両ずつの組み込みでしたが、しかしそれは長続きせず同年12月からの一般臨時列車化(第2編成登場?)、そしてB個室寝台車の増備によって編成を以下のように改められます。この時、約半年間ですが編成両数が9両に出戻ったのが特筆されましょう。

※青函間は逆編成
↑大阪
 1号車↑スロネフ25-500  スイート/ロイヤル
 2号車 スシ24   ダイナープレヤデス
 3号車 オハ25-550   サロン・デュ・ノール
 4号車 オハネ25-520  ツイン/シングルツイン
 5号車 オハネ25-520  ツイン/シングルツイン
 6号車 オハネ25-510  ツイン/ミニサロン
 7号車 オハネ25-560   Bコンパート
 8号車↓オハネフ25-500   Bコンパート
     ↓カニ24
↓札幌
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★スロネ25-500を増結
続いて1990(平2)年7月からはスイート/ロイヤルの中間車タイプが登場し組み込まれ、これにより2015(平27)年3月廃止までの最終的な10両編成スタイルが出来上がったのです。編成は以下の通り。

※青函間は逆編成
↑大阪
 1号車↑スロネフ25-500   スイート/ロイヤル
 2号車 スロネ25-500   スイート/ロイヤル
 3号車 スシ24   ダイナープレヤデス
 4号車 オハ25-550   サロン・デュ・ノール
 5号車 オハネ25-520  ツイン/シングルツイン
 6号車 オハネ25-520  ツイン/シングルツイン
 7号車 オハネ25-510  ツイン/ミニサロン
 8号車 オハネ25-560   Bコンパート
 9号車↓オハネフ25-500   Bコンパート
     ↓カニ24
↓札幌

★リニューアル工事
2001(平13)~2002(平14)年にかけて、車両内外に亘る大規模なリニューアル工事がなされ、外部塗色については黄帯の上下に細い銀縁が入るようになりました。他にエンブレムの意匠変更や一部窓埋めが施されています。

★スロネフ25-500に雨樋(水切り)取り付け
1991(平3)年末から1992(平4)年にかけてと推測されますが、スロネフ25-500の展望窓外部に雨樋が追設され、顔つきが多少なりとも変化しています。モデル的にはトミックスが2014年ロットの新塗色仕様発売まで雨樋無しで通したため、旧塗装仕様は雨樋無しの登場時タイプしか存在しません。カトーについては発売年の通りで雨樋付きのみの製品化です。
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★EF81への連結器交換及び衝撃緩衝装置取り付け
トワイライト塗色のパーイチの象徴とも言える前面スカートの衝撃緩衝装置一式ですが、これは従前の並形自連ではナックルの隙間によって乗り心地の低下及び騒音が発生し、これがトワイライトでは機関車と隣接したスロネフ25-500で顕著となるに及び、1991(平3)年7月より順次施工されたものです。メニューとしてはそれまでの並形自連を密着自動連結器(密自連)へと交換し、その復心装置や並形自連との連結時における上下動抑制装置などの組み込みです。施工日は以下の通り。

 EF81 43  全検入場  1991・7・20
 EF81 44  臨時入場  1991・9・6
 EF81 103 臨時入場  1991・11・9
 EF81 104 臨時入場  1991・7・10
 EF81 113 臨時入場  1991・9・30
 EF81 114 臨時入場  1991・12・12

103・104・113・114・44号機についてはトワイライト色化後から上記工事までの間にインターバルがありますが、43号機については全検入場然り日付的に見てトワイライト色化と同時施工と考えられます。

★EF81 113号機に飛沫除け取り付け
正式な名称を得ないのですが、113号機に1991(平3)年11月の一時期(2週間程度?)に取り付けられたものです。取り付け箇所は2エンド側の頭頂部で、本州内牽引時に隣接するスロネフ25-500の展望窓へのカーボンの飛沫による汚損を抑える目的があったものとされます。結局正式採用には至らず試行のみで終わりましたが、衝撃緩衝装置然り、展望窓への雨樋追設然りでスイート旅客への気遣いは相当なものであったようです。

★「トワイライトエクスプレス」上京
昨今の世代には想像も及ばないでしょうが、民営化後であっても例えばJR北海道の「トマムサホロ」が四国まで遠征したりとか、このトワイライトの上京といったイベント性の強い広域運用がわりとなされていたのです。今は他社への乗り入れが忌避されるような時代になってしまいましたが・・・。

その上京は1991(平3)年3月5日に上越線経由で果たされ、正調ヘッドマークを掲げたEF81 104牽引の一行は同日10:08に今はなき浜松町のカートレインホームに到着。そこで展示公開がなされ、14:10に浜松町を発ち最初のトワイライト上京という歴史の一項を綴ったのです(2005年にも再上京のこと)。この時の編成は客車11両編成であった事が確認されていますが、具体的に「何が」平時より1両増結されていたかは定かではありません。


※参考文献:「鉄道ファン」誌通巻342・344・345・354・355・361・363・367・370・372・373・425の各号ほか。wikiは一切参照していませんので情報に齟齬のある事を含んでください。
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# by odoriba96 | 2015-04-20 13:01 | 9ミリ(客車/貨車) | Comments(2)
2015年 04月 19日

ロクロクに始まりパーイチの予感!?(有害図書は90年代にあり)

基本的にシフト制のウチらは土日に公休の割り当てられる事はまず無く、故に土日の出勤は慣れた?もので・・・。そんな本日、いつもならこの時間帯に貨物のスジは無いのですが、神戸方遠方からはスバラしいシルエットが近づいてきます。
キタキタキター!!
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※A線のE217系が接近していますが、安全な箇所で撮影しています

後期更新の24号機!!


やっぱロクロクはカッコエエ・・・。
ゼロロク(ロクロクの0番台を指すそうです)との遭遇は無沙汰ですが、相も変わらず健在なのは嬉しいですねぇ。昭和生まれの古豪が、単機牽引であれだけのコキ車を高速でリードするのですから、やはりゼロロクのポテンシャルはタダモノではない気がします。
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実車趣味以外の最近はというと、有害図書を発掘し嗜むという人外の道に走っていますw
画像は「鉄道ファン」誌1989(平元)年10月号(通巻№342)・・・実に四半世紀前の商業誌です。

※以下の画像、全て同誌から転載
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「エルム」大躍進!!


臨時「北斗星」の位置付けゆえに列車名には様々な候補があったようですが・・・。実はウチが初乗車したブルトレこそがこの「エルム」(上り)なのですよ。ロクゴの初代虹釜の1019号機(セントーク)、懐かしいなぁ。イレギュラーで「出雲」(上り)を牽引した時は早起きして横浜まで仲間と撮りに逝ったものですw
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デデゴ無双!!


キャプションにはこうある。

「函館ー札幌間ではトワイライト・エクスプレス運転日にはエルムと北斗星をあわせて、なんと往復で10本のDD51重連ブルトレが行きかうことになる」

そりゃそうでしょ、北斗星が3往復体制で6本、そこにトワイとエルムで4本なんだから・・・って考えは旧いですね。そんな贅沢な時代が確かにあった・・・そう、それが90年代です。そしてその時代を駆けた寝台列車はやがて永遠のものとなるのです。
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トワイライト、デビュー!!


終末期は「一億総葬式厨化」により数多のメディアに蚕食された感のあるトワイライトですが、四半世紀超の履歴は伊達ではなく、それなりの遍歴を辿っています。運転開始当初は団臨で電源車を含めて9両編成・・・
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そして専用塗色のパーイチは密着式自動連結器(密自連)ではなく、且つ衝撃緩衝装置一式もない!!つまり・・・

ラウンドハウスブランドのEF81トワイライトは「タイプ」ではないのでは?


と考えます。このあたりの実車における考証は数日後に纏められるはずです(謎
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編成最後部を客室とする発想の寝台列車はトワイライトが始祖でした。その後「カシオペア」や「ななつ星」にオマージュされているのは周知の通りです。
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「北斗星」も外観塗色自体に目新しさはありませんでしたが、JR東日本/JR北海道とで数多の構成違いの寝台車バリエーションを展開し、増大する青函トンネルブームに端を発したニーズに呼応する、まさに成長の過程にありました。その「北斗星」もいよいよ8月で終焉・・・列車も然り、ウチ自身もトシをとったなぁと思います。
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この頃の「鉄道ファン」誌にはトミックスとカトーのカラー広告が必ず付帯していました。毎月毎月、どんな新製品がアナウンスされるのか楽しみだったものです。無論、それらの殆どが手に入れることなぞ叶わなかったわけで・・・その反動が四半世紀後の今日を支配していると言えましょう。

「輝け!僕らの90年代」


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# by odoriba96 | 2015-04-19 22:45 | 実車趣味(JR) | Comments(0)