赤い電車は臼い線

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2018年 05月 14日

臨時快速「信濃路」号で行く信州・上田の旅!!(前編)

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某線でたまにお会いする某様より、表題の貸切列車ツアーへのお誘いを頂いたのが3月の半ばを過ぎたあたりでした。実物から魅力的な車両がどんどん消えて行き、線路際はおろかプラットホームからさえも遠ざかりつつある身ながら、既に絶滅危惧種に分類される115系直流近郊形電車満喫のまたとない機会、そして墓参以外ろくに足を向けない我が本籍地・信州への罪滅ぼし?と捉え、参加の旨返事をさせていただいたのです。




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長野入りは毎年の墓参で慣れたものですが、この時間帯というのは・・・です。2018年5月13日、日曜日。天候は雨予報で、そのせいか日曜であるからか、「あさま601」は私が乗車した指定席7号車は終始ガラガラでした。墓参に出向くタイミングは大抵土曜の午前中で、大宮や高崎からの乗車で自由席は満席になるイメージがあります。いまでこそE7/W7系の12連になり、自由席が1~5号車と着席チャンスが増えましたが、E2系8連では自由席は1~3号車のみで、東京始発の時点で満席状態という事もありました。
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今回も始発の恩恵で自由席・・・のつもりでしたが、早朝に戸塚から東京までアクセスする東海道/スカの便が限られる事に加え、駅弁等の調達時刻も欲しく、前日に乗変で指定席へとチェンジしたのですが、まあ前述の通りですw その駅弁は例のだんじり状態の「祭」で調達。大船軒がとりめし?と物珍しさで求めました。とりめし、ブームなんですかね。味は可も無く不可も無くで、これだったらお約束のシウマイ弁当の方がよかったかも知れません(何
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「あさま601」は西日本持ちのW3編成、「北陸ロマン」の車内チャイムを聞きながら曇天の都心を抜け出します。画像はお約束の高崎チェックですが、昨年9月の墓参時にも見えたJRから上信電鉄へ譲渡された107系は相変わらずの状態。そういえば上信の151形(元・西武401系)が引退とのことですから、その後に動きがあるのかも知れません。
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いつも?なら大宮でドッと乗車して軽井沢でドッと降車・・・のはずが終始閑古鳥の指定席車、当然のように隣席はおろか後ろの席にも誰も乗ってきませんでした。そんなこんなで上田に到着。実は新幹線が此の地に通って以来上田で降車するのは初めての事です(在来線時代には一度ありますが)。
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六文銭の意匠が目立つ上田駅駅舎。構内には土産物店のほか立ち食い蕎麦店も当地らしく構えていて、新幹線旅客(上り方面の)も目立ちなかなかの活況。一方、別所温泉にアクセスする上田電鉄(←上田交通)の乗り場は電車もおらず人影もなくひっそり・・・。まあ列車到着の前後ぐらいしか人の動きが無いのはどこのローカル私鉄も同じかもですが。
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ツアーの受付場所にして集合場所、撮影会会場でもある「しなの鉄道本社」は軽井沢方に少し戻った場所に位置します。その手前の踏切の向こうに・・・イター!!今回のツアーに供される115系のリバイバル塗色、湘南色のS3編成とスカ色のS16編成です。その姿を認めたかと思いきや手前の踏切が鳴動し始め、遠方から接近する車両の塗色を見て思わず色めき立つ・・・
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並んだあああああああああああ!!「初代長野色」とも「旧長野色」とも、さらには「信州色」と媒体によって呼称が異なるややこしい?カラーリングのS7編成の降臨です!!ここではしなの鉄道の公式に合わせて「初代長野色」と称しますが、しなの鉄道では画像の3色のほか、「コカ・コーラ色」「長野色」のリバイバル塗色編成を計5本擁しており、まさに115系1000番台発祥の地・信州に相応しい聖地っぷりを呈しています。
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しなの鉄道本社敷地に入り、某様と顔を合わせて受け付け完了。早速撮影会となりますが、スカ色乗車組と湘南色乗車組とに分かれて進められます。先ずはスカ色乗車組がクモハ側へ移動、線路敷地内立ち入りという事で安全帯とメッチを装着します。画像はさしずめ「マーク装着中・・・」
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装着されましたぁ♪
ツアーでの本線走行時に掲げられる、ツアータイトルにもなっている「快速 信濃路」マークです。湘南色のそれは2005年に運転された「さよなら宇都宮線115系」、スカ色のそれは2009年に運転された「懐かしの113系電車の旅」それぞれのマークを模したデザインとのことです。
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マークが差し替えられます。今度は房総半島モノで、遜色急行的パターンですね。113系か115系か云々はノータッチでw 「そと房」が快速幕ですが、これは無理からぬことで、現在のしなの鉄道の115系には「急行」表示が残っていないのです(対照表上で確認の限り)。
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どんどん行きます。今度は「ホリデー快速碓氷峠」と「快速むさしの号」でJRチック。ホリデー快速碓氷峠は165系のモントレーであった云々は(ry しかし「快速むさしの号」はハマっていますね(当たり前か)。無地の愛称板が味気ない気もしますが、これが「大好き」という方も居ますから、コンテンポラリーの差による感じ方の違いでしょう。
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今度は反対側のクハ側に移動しますが、その道すがら?目に入ったのはパンタです。手前の湘南色のS3は菱形パンタ、奥でチラりしているのがスカ色のS16のシングルアームパンタで、それぞれの入線時期によってこの差は生じています。S3は長野(北陸)新幹線開業時である1997年の移籍、S16は北陸新幹線金沢延伸時の2015年移籍で、要はS16がJR在籍時にシングルアームパンタに換装しているが故なのです。しなの鉄道としてはパンタにこだわり?は無いようで、両車とも移籍時状態のままで使用していますが、余計な手間(お金)が掛けられないというのもあるのかも知れません。
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これはクハですが、両編成の運転席側窓に注意。同じ1000番台ながら、手前のS3は非ユニット窓、奥のS16はユニット窓と差異があります。大多数の1000番台は後者のユニット窓なのですが、昭和52年度車として松本運転所(長モト)に新製投入された第一陣、車番でいうとクモハが1001~1013、クハが1001~1012がこの非ユニット窓の運転席側窓を有すのです(クハが1両少ないのは、Mc-M+Mc-M-Tcという変則編成が存在したため)。

その第一陣は5連6本(R1~R6、うちR6が変則編成)、3連6本(R51~R56)の計48両が最終的に揃えられ、スカ色の旧形国電70系(4連11本、モハ1両)45両を一掃。その後はユニット窓形態へのマイナーチェンジ車で増備が進められ、同所配置の湘南色の旧形国電80系を置き換えて行きます。要は、この非ユニット窓の運転席側窓を有す1000番台こそ「ポスト70系」であり、信州ローカル新性能化のパイオニアの残滓を感じる想いがします。
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クハ側です。スカ色の「温泉快速」はトタ区の編成を使ったツアーか何かでしたっけ。「エコー」は国鉄末期から長野地区で展開されたローカル列車への愛称付与のネーミングで、他に「あずみのエコー」「すわエコー」そしてお馴染み?「ミニエコー」が存在したはずです。
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湘南色が「さよなら115系」にチェンジしました。2005年の宇都宮線のそれの再現のようで、編成番号札の「Y416」や列番表示器まで用意される徹底ぶり!相当好きな方がいるのでしょうね。
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最後には両車ともマークを外し、湘南色の字幕が何故か「軽井沢ホリデー号」表示で撮影会は了されました。しかしスッピンも良い・・・というか、日常で目にしていた国鉄直流近郊形電車はほぼスッピンでしたから、これがある意味一番しっくり来るのかも知れません。
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しなの鉄道本社を後にし、集団で列を形成しゾロゾロと上田の駅へ。改札からホームへは参加証を有人改札で提示しホームへと入ります。ちなみにツアー時に停車時分のあった駅では、この参加証の提示で駅からの出入りが自由というサービスっぷりでした。列車は篠ノ井方が湘南色のS3、軽井沢方がスカ色のS16で組成され、私の乗車割り当てはスカ色のクモハ、軽井沢方の端っこです。側面字幕は「団体」ですが併記英字が「GROUP」で珍しい?
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車内は自由席でしたが、スカ色クモハは余裕があり良かったです。シートはオリジナルではなく交換され、化粧版も薄緑色でなはくリフレッシュされていますが、それでも動き出せば国鉄直流近郊形電車の確かな鼓動!!MT54の唸りは軽井沢に向かっての片勾配の続く限り東信の野を席巻し、コイルバネならではの跳ねるような乗り心地とジョイント音は何もかもをノスタルジーの世界に染め上げて行きます。
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窓框に刻まれた青春の群像。
いまどきの電車には見られない、「カタチのあるもの」。
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想い出した。
この「恐怖」すら感じる段差におっかなびっくりし、親に手を繋がれて大船のホームに裾絞りの車体から飛ぶようにして降りた事を。
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ツアーの乗車行程は上田→軽井沢→篠ノ井→上田で、しなの鉄道のうち「しなの鉄道線」を走破し乗車キロはタップリ130キロ。乗車車両の仕様希望は申込時の選択制で、モハ/クモハは¥1000高く設定されましたが見合う以上の道中に大満足でした。画像は軽井沢への途上の小諸停車時「コカ・コーラ」塗色と期せずしての遭遇ですが、手前のホームが短編成化で立ち入り制限されていてスカ色との並びが上手く撮れません・・・。
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なので俯瞰の縦アンでお楽しみください(何
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・1989(平元)年7月23日 小諸

そしてここでスペシャルカット?私が実見した「元祖」コカ・コーラ塗色の姿です。屋根上は冷房準備車のままで非冷房、前面の字幕も行先を表示していて「黒姫」です。撮影場所が同じくの小諸で運命を感じますが、29年振りに逢瀬したコカ・コーラ塗色は、何と「元祖」と同じ編成(しなの鉄道S11←長ナノN12)だというのですから二度仰天!すっかり成長?して還ってきたコカ・コーラ塗色へアツい視線を注がずにはいられません。
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115系への乗車はいつ以来だったか(どうやら8年ぶりです)・・・というほど久し振りなものですが、それより何より、ツアーによる貸切ですから停車駅が少なく、フルノッチで駅を通過していく様とMT54の唸りからして、まるで急行電車に乗っているような錯覚さえ覚えます。窓外には東信の母なる山・浅間、頂は望めませんが、115系1000番台の雄々しき鼓動と共にその裾野を駆けた記憶は、いつまでも忘れ得ぬものとなりましょう。

後編に続く

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by odoriba96 | 2018-05-14 13:10 | お出かけとかオフ会とか | Comments(0)
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