赤い電車は臼い線

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2018年 05月 14日

臨時快速「信濃路」号で行く信州・上田の旅!!(後編)

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前編はこちら

上田を発って50分、かつての碓氷峠への補機連結駅であった軽井沢に到着です。




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軽井沢ではホームの反対側に初代長野色のS7編成の姿が!早速ツアー参加者の注目を浴びます。前面字幕の通りワンマン運転が行われているようですが、それでも経営が苦しい事に変わりは無いようで、レストラン列車「ろくもん」の運転や、後述しますが軽井沢駅構内の改装といったテコ入れがなされています。
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そのS7がホームを離れる刹那に、傍らの保存車EF63 2とのツーショット。EF63 2は忘れもしない、碓氷峠最終日の1997(平9)年9月30日に僚機のエスコートにより横川→軽井沢の帰らぬ片道切符の途に出、ここに据え付けられました。あれから21年、たびたび手入れはされているかとは思いますが痛みが目立ちます。
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ホーム端から篠ノ井方を望みます。見ての通り島式ホームの1面2線プラス留置線?の計3線で、かつての補機連結駅の面影偲ぶよすがも無いほどに配線が整理されてしまっています。
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橋上駅舎からホームに繋がる階段と階段の狭間、かつて線路が敷かれていたであろう終端側が埋められて、キッズスペースになっています。かつての復原旧駅舎を用いての駅構内改装は、しなの鉄道20周年記念によるものとの事ですからごく最近のハナシでしょう。そのキッズスペースの奥に、かつて構内で湘南色を纏って保存されていたクモハ169があるとの事ですが・・・
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ええええええええええええ~!!
車内はプレイルームに改装されていて、係員(おねいさん?)常駐でプラレールや何やらが展開されていました。
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どう見ても広島の末期色です。本当にありがt(ry
まあ何年もつか・・・ですね。169自体は坂城に編成単位で保存してあるので、「問題無し」という判断があったのでしょうが・・・。
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粗大ゴミ変わり果てたクモハ169の姿を目にしたお口直しではありませんが、橋上駅舎からツアー列車を眺めます。安定の押し込み型ベンチレータにスカ色と湘南色で心から安心できます(何
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橋上駅舎から旧駅舎側・篠ノ井方を望みます。眼下には例のキッズスペース、奥にはEF63 2が見えます。ホームは2線あるうち、EF63 2に隣接する1番線はキッズスペースにより縮められ、見た目3連分の有効長です。2番線はツアー列車が収容できていますから、6連分の有効長はあります。
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そして同じくの反対側、例の末期色が眼下に見えますが、それより何よりも悲哀を感じさせる終端部側、かつて碓氷峠を下り高崎まで繋がっていた方向です。いまや右に見える新幹線が全てです。
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・1989(平元)年7月22日 小諸

先程のS7編成のトコで出しそびれたので、ここで出します(何 見ての通りの「元祖」初代長野色、屋根上サッパリな冷房準備車の115系1000番台です。前面字幕は「長野」を表示、側面には板サボも差さっています。
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軽井沢で折り返し発車後程なく、積み込まれたお弁当が配布され昼食タイムです。モノはもちろん、永遠のベストセラーであるおぎのやの峠の釜めし!掛け紙も何と本ツアー向けに115系がデザインされたスペシャル・エディションにして、未使用のピン紙掛け紙も戴けるという大サービスっぷり!
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峠の釜めしを平らげれば自然とまどろみ、相変わらずの曇天というか、軽井沢停車中に本降りになった泣き止まぬ車窓がMT54をBGMに流れて行きます。これはもはや「贅」です。MT54の咆哮は、電動ノコギリの動作音を想起させるものとして「電ノコ」なるスラングもありました。もっと言うと、それは出生前の胎児が母親の胎内で耳にしているという「母体回帰音」に近いものとされ、昼下がりの113系や115系乗車での安眠待ったなしのエピソードの根拠となっています。

上田の一つ先の西上田ではトイレタイムを兼ねた停車があり、悪天候もものともせずに撮影に出ますが・・・あれっ、マークが無い?恐らく軽井沢停車中には掲げていたので、その後に収納したのでしょう。スッピンの姿も撮れる配慮は至れり尽くせりです。
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いまや人気度赤マル急上昇の115系は、物持ちの良い西日本の岡山・広島地区の改装車群を別とすれば、東日本においては高崎地区のは今春に引退、新潟地区も置き換えが進み予断を許さない状況です。しなの鉄道においても新製車両を来年秋に導入し、予定では8年かけて115系を置き換えるとの事ですから、全廃まではそれなりの時間があるとはいえ、台風の目がやがて信州に降りてくるのでしょうか。リバイバル塗色が揃い、都心からも新幹線でアクセス容易なしなの鉄道、いまその混じりっ気無しの「聖地」を楽しむラストチャンスなのかも知れません。
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篠ノ井で折り返せばラストスパート・・・ですが、車両基地併設の戸倉ではトイレタイムで十数分停車。肩を並べたS27編成の車内を見てビックリで、何とオリジナルの濃紺シートのままです。どうやら2連のS25~S27の3本がリフレッシュ工事を受けていないようで、こんな編成もあるのだなと再認識しました。
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先にも触れましたが、坂城の駅に隣接して169系が3連の編成単位で保存されています。目にも染みる湘南色、現役の115系群と併せて訪問するのも良いでしょう。
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かくして上田を発って4時間少々、しなの鉄道「しなの鉄道線」を走破し、上田へと戻ってきました。車内では大きなイベントがあるわけでもなく、強いて言えば3号車でのグッズ販売と弁当の配布があったぐらいで、限りなく現役時代(というのもおかしな言い方ですが)に等しい環境で、篠ノ井と軽井沢の標高差600メートルの勾配線区を駆ける115系1000番台の「走り」を過分なほどに満喫できました。

車内の天井から張り出したスピーカ、そこから聞こえてくるこもった調べの肉声アナウンス、停車中に床下から立ち上がるブロワーの甲高いイントロ、そして半自動扱いの客扉がガチャリと閉まる小気味良い音、突き抜けんばかりに響くダイナミックなタイフォン、確かな息遣いがどこまでも伝わってくるMT54の鼓動、それらが渾然一体となって醸し出した約4時間の時空は「非日常」そのもの。逆に言えば、私にとってそれほど国鉄形テイストが別世界にものとなっていたのです。

最後になりましたが、本ツアーにお招きいただいた某様、そしてツアーに携われた全ての方に感謝致します。色んな意味で、何故国鉄形車両が人気なのか?その理由を改めて思い知らされた次第です。

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by odoriba96 | 2018-05-14 13:15 | お出かけとかオフ会とか | Comments(0)
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