赤い電車は臼い線

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2018年 07月 16日

炎暑のぽち(何

6月の梅雨明けという異常事態に続き、数年サイクルで訪れている感のある「炎暑のターン」。今年も例に漏れず遠出は予定していませんが、2年前の2016年8月の「関西国電事情2016夏」がピークでしたね。近畿の103系はもはや壊滅状態であり、遠出の理由となる魅力的な車両たちが漸減の一途である事はやむを得ません。
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世はちょうど三連休でしたが、その最終日である本日が公休であり、横浜での犬屋のフェスと被ったので覗いてみる事としました。踊場の駅入り口に着けば、長後街道を挟んだ向かい側の戸塚バスセンター行のバス停が長蛇の列・・・嫌な予感も何も、どうやら地下鉄が止まっているようですw 改札階に下りれば案の定の表示。しかし、手許のインターフェースによるSNS検索では上永谷までは再開が早い見込みとあります。
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戸塚まで出れさえすれば何とかなるので、あまり深く考えずホームに降りたら程なく湘南台からの列車がやってきました。行先はやはり上永谷で、湘南台口では深夜帯にしか設定が無いのでまあ珍しいでしょう。しかし地下ホームでの撮影は時間帯感が出ないのでありがたみがないです(何
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でもって横浜西口・・・暑いです。まあ今はどこも暑いですから、暑い暑い言うてたら何処にも行けなくなります。犬屋フェス会場のビルまでの順路は案内図によれば第2バス乗り場側からのコース取りですが、万が一?の掘り出し物に備えて銀行に寄り道。ビブレ脇の川に沿ってバス通りを越えた先の突き当りに画像の珈琲店がありますが、かつてここにはNTTが入っていたはずです。そのNTTには「全国」のタウンページが備わっていてコピーも出来たので、模型店巡りや玩具店巡りに大いなる効力を発揮したのです。
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1階がスタバの当該ビルの4階の3室が会場でした。面白いのは2室続きを9ミリ(Nゲージ)、1室を16番(HO含む)とで振り分けていた事ですが、9ミリの盛況状態とは対照的に、16番は物音ひとつ聞こえないほどで数人の入りしか見ええず、同じ鉄道模型であってもこれほど市場差があるのだという一端を、改めて見てしまった気がします。

9ミリも盛況とはいえ、メーカーによる差が出ていました。マイクロエース(有井)製品、表示価格から20パーセントOFFでした。もともとの価格設定が高いのかとも思いましたが、それはアイテムによりけりですからピンキリです。かつては飛ぶ鳥を落とす勢いでのリリースや話題性に富んだアイテムセレクトにより、良くも悪くも9ミリ界を刺激したホープのような存在でしたが、10年前と比して倍額相当の値上げ、その割には製品としてのクオリティが言うほど進化せず、アフター面での不透明感もあるのか、以前と比してのユーザー離れは確実にあるようです。
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そして肝心の私の買い物ですが・・・売れ残りを摘まんできました(爆 どちらもATSFですが、国内型でもそうであるように嗜好を絞る事は私の常套手段。つまりは「サンタフェ好き」を柱にして行くという事です。サンタフェ好きといっても某写真集(爆 ではありませんが、その某写真集の撮影がニューメキシコ州の州都であるサンタフェで行われ、それ故のタイトルとの事ですから、ATSFの「サンタフェ」と某写真集の「サンタフェ」の由来は実は同じなのです(何

それはさておき画像に戻りましょう。右のF3のBユニットですが、これは秋葉1号店にあった在庫です。当初はAユニットとBユニットが2両ずつ入荷したのですが、そのうちAユニットが1両売れ、やがてABユニットが売れ、最後に残ったのがこのBユニットの1両というわけ。なぜそんな流れを把握しているのか、通販サイトの状況をしょっちゅうサーチしていたからです(暇人w)。だったら4両揃っていた時点でさっさと買い求めればよかったものを、結局私の「あかんたれ」が出て後悔千万なんですね。

F3なら某店でABユニット抱き合わせで在庫がありますから、敢えて1両だけ求めなくとも・・・ですが、AユニットよりもBユニットのほうが数を要しますからあっても困らない筈です(たぶん)。次いで左のビジネスカー、西落合では税込特価¥2kで並んでいるシロモノで、今回入手品もセール期間による10パーセントOFFで辛うじて西落合販売価格より安くなり面目を保てましたが(何 果たして敢えて入手する必要があったか疑わしいものです(何何
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盛況の会場を後にし、お外に出ます。横浜西口バスターミナルのビジュアルは私の知る限り20数年間変わりませんが、そこに出入りする車両は一変しました。最近のバスはよう分かりませんね。やはり日野、三菱、いすゞ、富士、更には西工とボディが揃っていた頃が楽しかったです。
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おまけ:

犬屋フェス会場では¥5k以上のお買いもので「千本吊り大会」が試せます。要はロープ式のクジですが、目の前でカトーの車両セットや¥5kの金券が当たっているのを見、本当にアタリがあるんだと妙に納得したのです。でもって私は・・・まあこんなものです(爆

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# by odoriba96 | 2018-07-16 22:31 | お出かけとかオフ会とか | Comments(0)
2018年 07月 11日

最近のあることないこと~2018年が折り返した今日この頃

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更新頻度が一週間以上空くことはもはや珍しくなくなりましたが、それほど大して面白くも無い人生を送っている事の証左とも言えます(何 国内型への嗜好は模型的には頭打ち感がありますが、実車的にはまだ・・・といっても、画像の特集号の如く国鉄形が専らですがw
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・2018年7月1日 品川

とかいいつつ、最新鋭の先端を行く形式にカメラを向けるのはどういうことかな・・・。恐らく「鉄道写真」に対する興味が形式云々よりも優先するのでしょう。因みに画像のトウ03はカトー製モデルのプロトタイプだったりもします。
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アメリカ型はいまでも増加していますが、やや迷走気味で先行き不安です(何 画像の通り、とうとう貨物機モデルに手を染めてしまっています。ロードネームはCSXTで、パッと見は2台とも似ていますが左のES44ACはGE社製、右のSD70はEMD社製という実車面での差があります。模型的にも製品化時期の違いからか、ES44ACはノンサスペンション、SD70はサスペンション仕様で、三軸台車の集電板周りの構造が全然異なるという興味もあります。

あとはこれに伴する貨車群、例えばダブルスタックに限らず額面が国内型と比して高額であるのは、機関車然りでこの嗜好に染まった時点で百も承知なわけですが、何より同じような貨車を数百両蒐集できる堪え性が私にあるのかという(爆 尤も、ダブルスタックに限らず普遍的?な貨車群を牽かせてもよいのですが、入手経路(販路)が限られるんですよね。
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「炎暑の街へ」。
この時は、ずっと死蔵し放しであった未組立のオープンパッケージのBトレ数十箱を某店で買い取ってもらうために出向きました。横浜の犬屋でも公式では取扱い品目に記載がありますが、数年前にBトレ類の買い取り休止告知の記憶があり、以後の現状を知らず不安があったための遠出だったのです。

私にとっては買い取り金額云々よりも、デッドスペースの漸減と余剰品の吐出が肝要・・・というのは以前にも何かの折に触れていますが、あまつさえ今はホビーの嗜好が見ての通りですから本当にモノが増えなくなりました。買い取りで少々サイフがぬくとくなった気もしましたが、この時も某P店の地下あたりを覗いたりもしましたが、結局何も買わずじまいだったのです。

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# by odoriba96 | 2018-07-11 21:45 | ある日の出来事 | Comments(2)
2018年 06月 29日

青木橋界隈~28年後の定点対比

この記事のオマージュではありませんが、地元横浜の青木橋界隈における、表題の通りの28年後の定点対比です。弊ブログ記事の記事更新も相変わらずのロングスパンですが、この間の汚買い物(おかいもの)については後々に纏めるつもりです。
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・1990(平2)年6月3日 神奈川駅前

青木橋は国道1号線(1国)がJRおよび京急をオーバーパスする道路橋の呼称ですが、その青木橋の東袂に位置するのが京急の神奈川駅です。画像は今を遡る事28年前、既に駅舎改築工事の看板が自動券売機の左横に掲示されている体の、京急の神奈川駅旧駅舎です。解体用の足場も一部組まれている感じがします。

京急では珍しいとされるこの洋風駅舎、随所にエッジの立ったスクウェアさの中にも意匠が凝らされたビジュアルで、かつては駅舎左側に後付けの売店?も併設されていたようです。駅舎自体は1930(昭5)年3月29日に「青木橋」駅として開業以来のものと推察されますが、断定はできません。
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・2018(平30)年6月29日 神奈川駅前

駅舎は改築によって1992(平4)年2月、旧神奈川宿に因んだテイストへと面目を一新しました。「関東の駅百選」にも選出されているとのことですが、旧駅舎を知る向きからすると正直チープさは拭えません。駅舎傍らに佇立する「街区表示案内図」は28年越しでも不変でしょうか。
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・1990(平2)年6月3日 神奈川駅前

こちらは旧駅舎の後背とホームへの跨線橋を捉えた側ですが、駅舎の窓形状がモダンですね!跨線橋はやや安っぽいですが薄緑色の外観に「田」の字窓の取り合わせが何とも言えません。折しも直下を通過するのは白太帯も眩しい2000形快特!
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・2018(平30)年6月29日 神奈川駅前

駅舎が改築されたことにより、そこに詰める職員さんや旅客にとっても良い環境となっていることでしょう。ホームの跨線橋は旧駅舎時代よりも品川寄りにオフセットされているようですが、画像左のコンクリートポールが不変なようですので、それを目印に定点撮影しました。
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・1990(平2)年6月3日 神奈川駅前

その神奈川駅を、青木橋を渡った線路反対側の西側から捉えた景です。折しも下り線を行くのは150kwモーターを備えた「羊の皮を被った狼」こと悲運の700(Ⅱ)形!行先字幕が三文字なので「新逗子」行でしょうか。
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・2018(平30)年6月29日 神奈川駅前

ここで目印にしたのは、見ての通りの集合住宅的建物です。駅舎は変わり跨線橋の位置も変わりました。傍らの電話ボックスも屋根が赤いのから置換されていますが、2基設置されているのは同じです。京急の下り線を行くのは1000(Ⅱ)形のSUS車ですが、昨今の最新ロットでは「全塗装」に回帰していますから、京急のトリッキーさは永久に不滅なかもしれません(何
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青木橋を渡った西側の1国沿いには、コンクリート?製の意匠を凝らした柵が今も残っています。しかし歩道側に金属柵が追設されていてその役目は終わっているとも言えなくもありませんから、いずれは撤去される運命にあると思います。
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・1990(平2)年6月3日 東神奈川~横浜

青木橋から西側に渡り、横浜駅方向に進んだ場所で捉えた横浜線205系の桜木町行。同車は1988(昭63)年のデビューですから新進気鋭といった面持ち。というかこの頃はまだ「7両」編成です。
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・2018(平30)年6月29日 東神奈川~横浜

そして28年後・・・当然のように車両は変わりましたが、後背のビル群が少々増えたり信号機の建植が目立つぐらいで、架線柱や手前に見える道路柵(用済み)は不変であり、全体的な印象は大差ないと思います。
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・1990(平2)年6月3日 反町~横浜

横浜線を捉えた場所とほぼ同一地点、台町入口交差点の東側から捉えた景がこれです。2004(平16)年1月の地下化によって地上区間が廃止された東急東横線、その記憶は未だに鮮明且つ生々しいものがあります。下路式トラスを行き交うのは9000系で、右端に見える渋谷行はTOQ BOXです。
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・2018(平30)年6月29日 反町~横浜

ここに鉄道橋が架かっていたことなぞ、予め知らなければ誰も判らないでしょう。旧景時代画像右端の赤いテントの店舗も、画像左端のビル(外国系飲食店であったはず)も全て消え失せています。目印となったのは、右後背部の「黒いビル」と、画像左の「直進・左折限定標識」です。もっというとここはかつて横浜市電も敷設されていましたが、その面影たるや1ミリも感じられません。
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当時は意識していなかったので結果論と言えばそれまでですが、こうして見ますともっと情景中心のカットを撮っておけば・・・とも感じました。しかし当時はフイルムですから湯水の如くシャッターが切れるわけでもなく、その点で今は過分なほどに恵まれていると思います。

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# by odoriba96 | 2018-06-29 18:49 | お出かけとかオフ会とか | Comments(0)
2018年 06月 19日

TOMIX EF67-100(更新車)・・・補遺

ロクに調べもせず作業を進めて、後にシマッタと思う事が・・・往々にしてあります。
先日のEF67-100(更新車)本編がまさにそれで、どうやらEF67-100の屋上の塗り分けについては時期や個体により差異があるようなのです。今回は「のび犬と鉄建公団」管理人ののび鉄氏の事前承諾をいただき、同氏が2016年6月に広島界隈で撮影されたEF67-100の記録画像を弊ブログで転載・使用のうえ、その差異について触れたいと思います(画像の三次転載は厳禁)。
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先ずは101号機です。2エンド側(貨車を連結しない側・・・画像の反対側)のスカートが下端が船底型の旧式を装備し、且つランボードが車体色であるという異色の存在。画像でもランボードが赤11号であるのが明瞭です。今回私が塗装した「長い」ランボードのほかに、その前後にも「短い」ランボードが一段低く設けられているのが判りましょうか。
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こちらは車番不詳ですが、長いランボードが灰色であるのは兎も角、前後の短いランボードも灰色であるのが判りましょうか。これがどうやら105号機っぽいのです。となると私が仕立てた105号機は短いランボードが車体色のままなので、ウソになってしまいます(汗
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こちらは104号機です。短いランボードが車体色!ですね。長いランボードは灰色です。このように屋上ランボードの塗りで3パターンですから、個体差が激しいです。因みに104号機はこの時の翌月である2016年7月に広島車両所へ廃車前提で回送(現在は解体済)されていますから、間一髪の記録と言えます。

web上では104号機のシングルアームパンタ時代に短いランボードも灰色である記録も確認でき、個体のみならず時期による差もあるようですが、私のようなよそ者がその遍歴を追求する事はもはや不可能です。こうして見ますと、TOMIXが「あえて」ランボードを車体色のままとする事により、ユーザーの自己努力で特定番号器再現の幅を持たせたのではないか・・・というのは穿ちすぎでしょうか。
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最後に、屋根上画像ではないですが特徴的な2エンド側の101号機の表情も紹介しましょう。それにしても、ランボードを(とりあえずウソでも)塗り分けた事により、個体差の激しい101号機も入線させたくなってしまった・・・かもしれませんw

画像転載・使用を承諾いただいたのび鉄氏には、改めて御礼申し上げます。
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ということで・・・105号機としたものをプレートを外し104号機に改めました。外し方にはコツが入りますし、各部品類を外す手間もありますから無暗に行えるものではありません。103・104号機は製造銘板と改造銘板の上下が入れ違っていて、且つ104号機は白帯が太いという、製品仕様と異なるのを承知の上ですが、このランボード塗り分けパターンがどうも104号機のみっぽいので、「上から見る機会の多さ」を優先した次第です。

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# by odoriba96 | 2018-06-19 13:04 | 9ミリ(電気機関車) | Comments(0)
2018年 06月 15日

TOMIX EF67-100(更新車)

まさかの緊急来日?となった表題のトミックスのEF67-100更新車、実車に関する諸データは他所を参照いただくとして、そのモデルとしては2タイプが製品化されています。

品番9182 JR EF67-100形電気機関車(更新車)
品番9183 JR EF67-100形電気機関車(更新車・101号機)

実車の100番台は101~105号機が存在しましたが、101号機だけが別枠となっているのは、要は2エンド側(貨車を押し上げない側)のスカートが2005(平17)年から下端が船底型である旧式のものへと換装されている点に拠るもので、モデルでもそのスカート形状と、附属のナンバープレート内容(品番9182は102~105号機、品番9183は101号機のみ附属)で差を付けているようです。

と・・・まあ、これで済む?と思ったのですが、手許の季刊「J-train」№62「貨物牽引機2016」と№66「貨物牽引機2017」のそれぞれ特集号における、EF67の項に色々記してあったのです。以下、箇条書きで抜粋しますと・・・


・103・104号機は側面ナンバー下の製造銘板と改造銘板の取り付け位置が逆

・104号機は更新当初からの白い裾帯が太く、乗務員扉の下ラインにもみじ色部分がない

・101号機は唯一、屋根上の歩み板がグレーでなく車体の「もみじ色」で(後略


といった按配です。
他にもヘッドマークステーや各標記類の位置云々もありましたが、それらに目をつむるとしても、上記の3点はモデルの仕様と照合すると・・・なのです(何
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先ずは側面ナンバー下の銘板の位置関係です。モデルでは製造銘板(川崎重工/富士電機)が上、改造銘板(広島車両所/東洋電機)が下とセオリー通りで、101号機以外では102・105号機のみの該当となります。
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そして屋根上の歩み板(ランボード)・・・見ての通り、101号機のみに施されているであろうはずの車体色「もみじ色」(正しくは赤11号)に染まっています。要はこのモデル、何号機でもないんです(爆 というのは冗談めかした言い回しですが、とどのつまりは色々な部分を共用化したためこうなった・・・だけなのでしょう。

それが模型である以上、必ずしも実車と全てが同一でなければならないという事はありませんし、寧ろそれが模型であると考えます。他方、それはそれとして「拘る」楽しさも含有されている事を私は忘れていません。
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製造銘板と改造銘板の位置関係は、モデルでは接眼しなければ判別できないので、正直問題とはならないでしょう。しかし、ランボードの色分けは何とかしよう・・・ということで、その他のお約束メニューと併せて少々弄る事としました。先ずはトミックス製電気機関車のパーツとして評判の芳しくないプラパンタ、要は大勢を占めている金属製ではなくプラ製により成る下枠交差パンタ(PS22)ですが、これがその造りからか結構簡単にバラバラになってしまうのだそうです。

なので私の所ではプラパンタ全てに塗装を施しています。これによりプラ地肌がむき出しではなくなりツヤが落ち着くのと、塗膜そのものでフリクションを生じさせる事により、バラバラになるリスクを低減させる・・・という一石二鳥的な意味合いがあります。私が遊ぶ機会が少ないのもありますが、手持ちのプラパンタ装備機で塗装施工後にバラバラになった個体は一つもありません。
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ランボードの塗り分けも気付いていたらやっていたというか、マステを切っては貼り、切っては貼り、新聞紙をグールグル・・・塗り分けましたぁ♪ もはや意地というかビョーキですね。おクスリはいつも多めに出されるタイプです(何
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とりあえず上がりのチェック・・・ランボードは中程で屋根上モニターとの干渉を避けるので凹んでいます。ここを一直線にマスキングして吹き付けてしまうと号泣待った無しですw
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側面もランボードの取付脚のマスキングが遺漏なく、踏面のみに塗料が回っているか確認します。
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多分大丈夫・・・というか見た目は誤魔化せています(汗
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これは参考画像ですが、トミックス製でもゼロロクはちゃんと屋根上が製品仕様で塗り分けられているのに・・・昨今の製品水準からしたら尚の事と思うのですが、ようわかりません。
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ユーザー付けパーツはホイッスル、信号炎管、無線アンテナですが、加工に際して避雷器と解放テコを一旦外しています。ホイッスルは附属のパーツの感触がよろしくなかったので、手持ちのゼロロクパーツの余りを充当。下端を一部カットして差し込みましたが、やや取り付け位置が高いようです。尤も、パーツ自体がオーバースケールなのでこれはこれで立体感が醸せたと慰めています(苦 ホイッスルも実車画像の限りでは車体色に塗られているようですが、ここは私的な好みでクレオスのゴールドを塗り金管仕上げにしています。
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ナンバーはラストナンバーの105号機で落ち着き、前面の誘導掛用手摺をピンセットでクイクイと押し込めば・・・何とか出場です!
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色味がコンデジの特性か紅生姜みたいなオカシな色になっていますが、ランボードの塗り分けは上から眺めるのがデフォな鉄道模型にあっては有効なようです。
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意識して「広島コレクション」しているつもりはありませんが、象徴的なアイテムには食指が動いてしまう・・・といったところでしょうか。EF67-100は更新直後にシングルアームパンタであった時期も有すとの事ですから、年次変化によるバリエーションが結構あるようです。私はもうこの1台で満足ですけどねw

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# by odoriba96 | 2018-06-15 18:21 | 9ミリ(電気機関車) | Comments(0)
2018年 06月 14日

KATO AC4400CW BNSF ♯5622

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先日の入手品です。
ありふれたボックスキャブのアメロコそのものですが、とりあえず色々見てみます(何
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カラーリングはBNSF(バーリントン・ノーザン&サンタフェ鉄道)において「HeritageⅡ」と称されるもので、ATSF(アッチソン・トピカ&サンタフェ鉄道)と合併したBN(バーリントン・ノーザン鉄道)の前身の一つであるGN(グレート・ノーザン鉄道)のカラーである、オマハオレンジとプルマングリーンのオマージュに加え、ボンネット前部のロゴはATSFの意匠を汲んだ折衷仕様となっています。
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AC4400CWはGE(ゼネラル・エレクトリック)社製で、以前に入手したDassh9とは姉妹関係?のようなもの。即ちDadh9が直流機で、AC4400CWが交流機なのです。インサートペーパー底面の「Gull Wing Cab」は、キャブ屋根の形状が側面にかけて平面を介する「く」状となっている特徴を顕しています。これについてはA氏より「石炭ホッパーと干渉しないため」とのご教示をいただいています。それにしてもガルウィング・・・国内ではもはや過去のものですが、「西部警察」のスーパーZや、「ゴリラ」での三菱スタリオンなど、懐かしいですね。
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先にも触れたDash9モデルとの比較ですが、先ずは製品化時期の相違からか、デフォルトのカプラー長さが違います。画像右がDash9でロングシャンク、画像左がAC4400CWでショートシャンクとなっています。
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実際、よほどの急曲線でもなければショートシャンクで支障無いと思いますが・・・。製品にはトリップピンが附属しています。
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続いては実車に基づいた相違ですが、画像奥の♯722のDash9、画像手前の♯5622のAC4400CW、キャブ直後の機器の大きさと用途が異なっています。Dash9ではHVACユニットと称されるエアコン室外機を搭載、一方、交流機であるAC4400CWではその制御源であるインバーターを6基搭載したキャビネットが占めているのです。キャビネット上の手摺が二段になっているのにも注意です。
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キャブ屋根上も地味に色々あります。画像右のDash9、その小さな突起の一つ一つにこんなにも役割がありました。そして画像左のAC4400CWでは、これらのアンテナ群を集約したオクタゴン・ドームアンテナを装備しています。それにしても「送信アンテナ」「受信アンテナ」で想起するのは京急はじめ四直のIR(インダクティブ・レディオ)アンテナですね。短いのが受信側で、長いのが送信側です。これもいずれSRアンテナにとって替わり、過去のものとなるのでしょう。
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最後になりましたが、本記事においては画像の書を全面的に参照しました。というか、全部読み切れていません・・・物凄い有害図書です(褒め言葉 いわずもがな、某丼店で入手しました。
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他方、まさかの「緊急来日」的アイテムを「新品」で入手してしまいましたw
以前、確か「日本型は漸減」という方針がありましたが、相当な制約のうえで「例外」を設けることとしました。しかしです、このモデル・・・色々と頭の抱えどころがあります。これについてはいずれにでも。

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# by odoriba96 | 2018-06-14 16:49 | 9ミリ(外国型) | Comments(0)
2018年 06月 09日

或る都内入り(26年後の定点対比ほか)

表題の通りというか、ほぼ思いつきで本日「26年後の定点対比」を成してきました。とりあえずはキャプションと画像をご覧ください(何
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・1992(平4)年5月4日 有楽町

有楽町の内回り/北行ホームの南端から捉えた景。103系も113系も此の地から消えましたが、右上の集英社の看板にある雑誌4タイトルは今も健在なようです。やっぱファッション誌ってハズレが無いんでしょうか。
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・2018(平30)年6月9日 有楽町

集英社の看板はテナントが変わりましたが、周囲のビル群は驚くほど変わっていないように見受けられます。しかし車両だけは確実に変わっていて、先の103系からこのE233系までの間に209系が存在します。画角が35ミリ判の銀塩とコンデジとでは差が出るため、完全な定点対比にあらざる点はご容赦ください。
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・1992(平4)年10月10日 神田

中央線といえば201系、201系といえば中央線、そんな時代でした(何 神田の内回り/北行ホーム南端から捉えた中央線快速の青梅行、まだ東京駅が重層化されていないので画像奥で高架線の立ち上がりが見えません。
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・2018(平30)年6月9日 神田

「ピップトウキョウ」の櫛形看板は消えましたが、その奥の赤茶色のビルは健在、他方、遠景には高層ビルが・・・・と、地味に変貌を見せています。線路上でも保守用車のための乗り越し分岐器が中央線上り/内回りとの間に設けられていたり、ホチキス(線路間の「コ」状の黄色い柵)が建植されていたりと、四半世紀の経年は伊達ではないようです。
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・1992(平4)年3月29日 神田~秋葉原

道路上の万世橋から捉えた、神田川を渡河する東北本線(戸籍上)の景です。山手の205系も京浜東北の103系も過去のもの・・・ですね。当時、何故この景を私が撮ろうと感じたのか?それはあまりにも意外すぎたコンクリートアーチの存在が全てだったのでしょう。
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・2018(平30)年6月9日 神田~秋葉原

そのコンクリートアーチは今も健在ですが、フレーミングを決めるよりも先にシャッターを思わず切ってしまったのがこの景w 北行/南行、そして26年前は存在しなかった「上野東京ライン」の高架線を往く中電が収まってしまったのです。画像右のビル群に見える「(株)広瀬脱水機」の櫛形看板がなんといまも健在!それでいて画像左で26年前の景に見える木造モルタル造りと思しき建物は綺麗に消えています。撮影時間帯の相違からか、神田川の潮位が違うのにも注意。
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・1992(平4)年3月29日 御茶ノ水~秋葉原

中空のプレートガーダを往くイエローの103系は、運転室直後に戸袋窓を有す総武線ならではのブツ。手前の道路が道路工事的な柵で遮蔽されていて、歩行者天国エリアであった事が伺えます。画像左の石丸電気ビルの「CDラジカセフェア」に号泣の想いですが・・・手前の分離帯にある「万世橋」の標柱行灯にも注意。
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・2018(平30)年6月9日 御茶ノ水~秋葉原

石丸電気のビルは当時と同じようですが、分離帯の標柱行灯は消えていますね。中空のプレートガーダを往く電車も当然変わっています。それより何より、一番変わったのは此の地に限らずですが、良くも悪くも「人々の心」ではないでしょうか。
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その万世橋界隈、鉄ヲタ的にはかつての「交通博物館」所在地であり、且つ「永遠の休止駅」である万世橋駅の遺構が先ず思い浮かびますが、この界隈は数年前にエキュート化により小洒落た商業ゾーンに変貌しています。今回は、折角なのでそこを覗いてみます。
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・・・とまあ覗いてみたのですが、よくわかりませんでした(何
ですがただ確かだったのは、かつての万世橋駅ホームへと上がれる階段が2箇所設けられ、開放されているという事です。先ずは画像の「1912階段」から「2013プラットーホーム」へとアクセスしてみましょう。
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「1912階段」の、それは1912(明45)年の万世橋駅開業時に設けられた階段を指します。
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階段部は花崗岩や稲田石を削り出したものとの事で、往年の変状や欠落がそのまま残置されている印象です。壁面隅部の処理も石が埋め込まれ凝った意匠とされています。
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「1912階段」をホーム上に上がれば、その袂には装飾がみられます。
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かつての万世橋駅ホーム上、現在はカフェ?と階下からアクセスできるエレベータが設けられています。交通博物館(現在は大宮に鉄道博物館(Ⅱ)として移転)の閉館間際の頃、この万世橋駅ホームを謁見する機会がありましたが、あの時とビジュアルは変われど興奮が甦ってくる想いがします。
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カフェの反対側、即ちホームの神田方はフリーエリアであり、「1935階段」へと続きます。ホーム上からは画像の通りこんなシーンも・・・。
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「1935階段」の由来ですが、要はかつて東京駅に在していた鉄道博物館(初代、後の交通博物館)が隣接地に移転してきたことにより、駅舎が解体縮小され、それに伴って1935(昭10)年に設けられた・・・という事のようです。そのため、後発のチープさ?か、先の「1912階段」とは異なり隅柱の石積みの処理は無く、階段の踏面もコンクリートとお安く仕上げられています。
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その「1935階段」の踊場には、人知れず眠っていたという手書きの駅貼りポスターの複製品が貼られています。これが複製できるいうのも凄い気がしますが、詳しくは現地でご確認ください(投げやり そして「2013プラットホーム」ですが、要は2013(平25)年に整備・公開されたということでしょう。それから実に5年越しで、私はようやくこの開放された万世橋駅の遺構に触れる事ができたのです。
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そんなこんなで、少し遅めの昼食は対岸?の「肉の万世」で。屋号に「万世」が含まれるのがイイですね(何
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お約束の中古品ですが、画像のブツを入手したいかもというのも、都内入りの理由の一つでした。まあ、ルーティーンでの都内入り経由千葉入りとはワケが違うのです(何 とりあえずこれのレビューは気が向いたらですね・・・。

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# by odoriba96 | 2018-06-09 18:44 | お出かけとかオフ会とか | Comments(2)
2018年 06月 08日

最近のあることないこと

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何も無い日常のなかで見つけた僅かばかりの「何か」。今回の内容はそれです(何
先月末、今月頭と二週連続で催された渋谷駅線路切り替えの大規模工事に伴う運休で、画像の通りSS(湘南新宿ライン)の南側は大崎折り返し、北側は新宿折り返しとなりました。「特別快速」いうても停車駅は大崎までであれば「快速」と1ミリも違いませんが、所定のスジをそのまま生かしている?ためこうなったのでしょう。
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その大規模工事の副産物か、はたまた私が知らないだけで所定なのか、画像の通り戸塚で上り貨物線を通過する旅客車の回送を目にしました。列番が9000番台だったのでやはり副産物かなとは思いますが・・・。
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マイアミのアンバサダーホテル前で目にしたバス。一目でリムジンバス(東京空港交通)の色違いと判りますが、前部行燈の「LPS」が??側面の英字表記にもある「リムジン パッセンジャー サービス」というこの事業者、何のことはなく東京空港交通の子会社で、同社から委託された便を運行しているそうです。要はこちらでいう「◎◎神奈交バス」みたいなものか・・・。というか、神奈交バス5社は会社再編で呼称は消滅してしまっています(神奈川中央交通、神奈川中央交通東、神奈川中央交通西 に平成29年1月1日より再編)。
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JR東海道本線戸塚駅、その列車の運行系統により上野東京ライン、湘南新宿ライン、横須賀線、東海道本線とにぎやかですが、線路の戸籍上ここ戸塚を通るJR線は「東海道本線」ただ一つのみです。それはさておき、画像の駅名票の「塚」に注意。何のこともない常用漢字の「塚」です。しかし、これを記すにあたってweb上で詮索してみたところ、これが常用漢字入りしたのは1981年、ごく最近の事です。
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そしてこちらは同じ戸塚駅でも横浜市営地下鉄ブルーラインの駅名票・・・一目瞭然ですね。「塚」が旧字体です。これ、交通局の仕様なのでしょうか。かつて東京メトロ千代田線の北千住駅の駅名票が「北千住」ではなく「北干住」と業者のミスで製作→掲示されてしまったという事件がありましたが、その類ともちょっと違うように感じます。
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上は市営地下鉄公式サイト上から引用(切り取り)の駅構内案内図の一部分ですが、文字列では変換できなかったのか「塚」は常用字のまま、その傍らの駅名票のイラストは「旧字体」(それも実際の駅名票と微妙に違う)ととっちらかっています。余談ですが市営地下鉄、「上大岡」を「かみおおか」と読ませるなどちょっとクセがありますよね(京急は「かみおおおか」)。

とはいえ、固有名称の読み方に差が出るのは市営地下鉄に限った事ではなく、相当昔のネタですが岐阜県の「各務原」、名鉄の駅と行政は「かかみがはら」、飛行場は「かがみはら」、国鉄の駅は各務ヶ原で「かがみがはら」とやりたい放題であるのよりはマシかと思います(現在はどうなのでしょう)。

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近所、というほどでも行動半径内でもないエリア、でもやっぱ近所(何 を散歩がてらに歩いていて見つけたのがコレ。横浜市に限らずとは思いますが、河川の傍らに立つイラスト入りの啓蒙看板です。しかし見ての通り酸化鉄のカタマリと化していて、中空を見上げるカエル、カメ、コイ?の三者がおどろどろしいですw
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そして浄化タイム(爆
なつかしいわ~と見た刹那に思いました。当時はツインテールなるスラングもあったかどうか疑わしいのは兎も角、おさげwith浴衣姿でハァハァな少女が水辺で蛍と戯れるという、横浜市内のイメージとは乖離した幻想的なイメージイラストです(ま、それが二次元なんですが)。右下に横浜市道路局とありますが、それは「水道局」のうえから目貼りされています。水道局はいまも存在しますから、管轄が変わったのでしょうか。この手の啓蒙看板、捜すと色々面白そうですが、そういうマニアも居ると思うのでとりあえずお任せします(何

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# by odoriba96 | 2018-06-08 09:10 | ある日の出来事 | Comments(0)
2018年 06月 02日

梅雨時間近の演奏会

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生きているのか氏んでいるのか判らない程の更新頻度ですが、表題の通り、友人御長女の属する埼玉栄中学・高等学校の定期演奏会にお招きいただき、本日足を運んできました。昨年の秋期演奏会でも感じましたが、未来永劫、それは絶対に叶わない事と解りつつも、あの頃に戻れるものなら戻りたいと実直に想わんほどに、彼等彼女等からは眩しいほどのエナジーが溢れ出ていたのです。
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その会場は埼玉のセントラル・シティである大宮の駅近に在するソニックシティで、戸塚からであればUT(上野東京ライン)で乗り換え無しのダイレクトアクセスです。因みにSS(湘南新宿ライン)は先週・今週と渋谷駅ホームの移設に伴う線路切り替え工事で土曜始発から日曜深夜まで運休し、南側は大崎折り返し、北側は新宿折り返しとなっています。

そんなこんなですが、今回は敢えてダイレクトアクセスとせず、強制下車となる上野止まり(土休日でも9時台戸塚発でフツーに存在します)に乗車し、更には上野始発の宇都宮線/高崎線に乗車するという段をとりました。今更ですが、鉄道趣味って合理性とか効率ではなく、いかに自分で「面白くする」かですよね・・・。画像は大連絡橋から地平ホームへと繋がる「別のホームを突き抜ける階段」です。いかにも上野駅らしい、昔からの構造物です。
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14・15番ホームに降りると、ちょうどお座敷電車の「華」が13番線を後に発って行くところでした。この手のジョイフルトレインも、足回りや機器類が国鉄形からの発生品であるが故、そう遠くない将来に淘汰されてゆくのでしょう。そしてこの高架線ホームからのガードを潜る景に既視感があり、昔のプリントを引っ張り出してみましたが・・・
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・1991(平3)年4月21日 上野

あ~、違った!隣の16・17番ホームからの既視感でした。でも言わんとしてる事は何となくわかるでしょ?画像は今や伝説と化した「北斗星」、EF81 93牽引の「北斗星6号」6レで、この当時は3往復とも定期列車でした。
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上野始発の中電(死語でしょうか)宇都宮行は時間帯もありましょうがガラガラで、14番線を後にし北上します。ここでヲタ的にお約束なのは「尾久チェック」ですね。とはいえ、田端運転所は僅かばかりのパーイチが目立つだけで寂しい限り・・・。
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こんなところに新型「あずさ」!?
疎開留置でしょうか。
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いまだに留置(というか放置)されている「北斗星」用の24系。なんでもかんでもよその国と比較するのもナンセンスかもですが、これがアメリカ(北米)だったら動態保存編成が組まれているでしょうね。このあたりの事情はもはや「お国柄が違う」としか言いようが無いと思いますが・・・。
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E26系「カシオペア」はデーテンが入れ換え中でした。これも一種のジョイフルトレインと言えそうですが、現状のクルージングトレインで同じような地域ばかり巡っていたらいずれ飽きられると思います。かといって他のJRエリアへの出張は・・・今はややこしいようですね。客観的にはもっと柔軟であってほしいものです。JR北海道の「トマムサホロエクスプレス」が、遠路はるばる青函トンネルや瀬戸大橋を経由して四国まで大遠征した事実なぞ、もはや神話にすら思えます。
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そんなこんなで大宮着。ここで651系「スーパーひたち」ではなく、「スワローあかぎ」用となった651系の回送と遭遇です。この「スワローあかぎ」用の651系、交流機器が撤去されているのに形式変更されない云々を聞きますが、そういえば長野運転所(長ナノ)に所属していた489系貫通顔の「あさま」色編成、私の記憶が確かならば晩年は第2パンタ及び交流機器を撤去していたはずで、それでいて形式変更もなされませんでした。要は当の事業者が「形式変更しなくても困らない」からなのでしょう。他方、JR西日本には485系改造の183系(確か「北近畿」用のやつ)が居ましたから、事業者毎の考え方の相違が見て取れます。
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・1992(平4)年10月25日 大宮

と、ここでお約束の既視感タ~イム!(爆
ホームに居る駅員サンの制服が懐かしいですが(違 そうではなく、こんなシーンもあったんですね。週末運転の「ホリデー快速大宮2号」9482デの大宮着時のシーンで、編成はマト25。この後東大宮操に回送されていますが、何が何だって低運のオデコを飾る原型白熱灯前照灯の麗しいこと!AU712による冷改や客扉交換等手が入っているにもかかわらず、こんなオリジナリティを残した変質車が居たのですから国電万歳ですよ(?
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その前衛的なルックスは、折からのバブル景気とも併せて、民営化以後の鉄道復権のパイオニアとも言える存在であったように思えます。私が初めて651系に接したのはデビュー間もない頃、中学生に上がってほどなかったかと思いますが・・・今の齢を考えると、651系も私ももうトシですね(爆
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陽炎に揺れながらゆっくりと遠ざかるタキシードボディ。交流機器が撤去されようが、窓下にオレンジ色のラインが追加されようが、そのアッパーフェイスに湛えたLED表示画面はデビュー以来不変のアイデンティティであり、得も言われぬ気概と自信に満ちた表情・・・と捉えるのは旧き者の贔屓目でしょうか。
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でもって大宮駅西口です。
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そのペデストリアンデッキの狭間に居る東武バスに目をやりますと・・・
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スリーナインじゃないの~♪
マイアミ(通称:舞浜)界隈では1118だの1928だの707だの1205だの「ワザと」設定した陸運ナンバーの鼠バスを嫌と言うほど目にしていますが、こういった(たぶん)自然な数列のナンバーは激萌えですね~。
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バスヲタらしくお見送りしておきました(爆

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# by odoriba96 | 2018-06-02 20:53 | お出かけとかオフ会とか | Comments(2)
2018年 05月 14日

臨時快速「信濃路」号で行く信州・上田の旅!!(後編)

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前編はこちら

上田を発って50分、かつての碓氷峠への補機連結駅であった軽井沢に到着です。


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# by odoriba96 | 2018-05-14 13:15 | お出かけとかオフ会とか | Comments(2)