赤い電車は臼い線

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カテゴリ:実車趣味(民鉄その他)( 13 )


2018年 03月 30日

「28日」の因縁

既報の通り、去る6月28日を以て京急2000形が営業運転を終了したそうです。最後は夕ラッシュ時のながら久里浜行の快特に充当され華を飾ったようで、感慨深いものがあります。本題の「28日」は、その2000形の営業運転最終日の日付ですが・・・
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・京急川崎

700(Ⅱ)形、営業運転最終日は2005(平17)年11月「28日」。但し最終日は一般営業ではなく、大師線沿線幼稚園児向けの貸切営業でしたね。
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・京急川崎

1000(Ⅰ)形、営業最終運転日は2010(平22)年6月「28」日。当時のマイ・ドキュメント記事はこちら

そして2000形、営業運転最終日は2018(平30)年3月「28」日。

たまたまなのでしょうし、除籍日を月末に設定すると「28日」がちょうど良い?のかも知れません。しかし何が何だって、「28日」は私の誕生日でもあるので、絶対に忘れる事が出来なくなっているのです。果たして800(Ⅱ)形の最終営業運転日の日付や、いかに?

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by odoriba96 | 2018-03-30 10:48 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(0)
2018年 03月 16日

京急2000形、引退へ

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・鮫洲 2031

巷間で周知されている通り、京急の2000形が3月下旬で引退する事となりました。予定としては3月25日の特別運転(抽選制)がありますが、それがラストとなるか否かは不明です。去る3月11日には文庫で記念券が発売されるも即日完売となったようですが、既に私自身が線路際から遠ざかって久しいので、今一つピンと来ません。とは言えども2000形は紛う事なき「名車」、その在りし日を僅かばかりの記録ですが、振り返ってみたいと思います。
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・2010年4月18日 京急川崎 2461

各駅停車向けの足回りではない2000形の普通車運用は、ある意味もっともみすぼらしい役回りではなかったかと感じます。データイムの12連運用の廃止で4連口が過剰となった背景が大きいでしょうが、2000形においては後から登場した4連が先に引退しています。
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・2010年5月16日 横浜 2041

8連も8連で2000形の場合は3扉化以後は朝夕のみの運用が原則化し、かつてのイメージリーダーカーもご隠居さん・・・であったところ、「D急行」復活を伴う「エアポート急行」新設でデータイムも大車輪の活躍をするに至ったのは、大きな話題となりました。
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・2010年5月18日 京急川崎 デハ2031車内

スライドする浦賀行普通車(デハ1250)を乗務員室越し捉えたカット。これだけでは2000形の車内からであるか否か疑わしいのですが、前後のコマから判断して間違いないようです。1000(Ⅰ)形の引退まで1ヶ月となっていた頃のワンシーン。
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・2011年4月24日 日ノ出町 2061

色々と忘れられない時期でしたが、私自身は普通の生活を送れたので、奇をてらう事なく日々を送っていました、それはそこに走り続ける車両たちもまた同じでしょう。だからこそ私も立ち止まらなかった。「列車の走らなかった日は、有史以来一度もない」
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・2012年5月27日 京急ファインテック久里浜事業所 2431

過去の栄光かも知れませんが、以来、京急において該当形式はありません。それほどのインパクトをもって2000形の登場は受け止められたのでしょう。
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・2012年6月23日 いこいの村あしがら 拙作の2011

実車の登場30周年記念と勝手に銘打ち、GMキットをストレート組みしたもの(但し、床下機器は全面的に並べ替えています)。倶楽部のモジュールオフで走らせてもらったのも想い出です。
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・2013年1月5日 京急川崎 2061

後進がどんどん台頭しても微塵も喪われなかった存在感の根幹は、その非貫通顔にあると思うのです。800(Ⅱ)形やそれ以前の二枚窓グループとは異なりライトケースが腰板にある非貫通顔は京急唯一で、やはり形容しがたい独特さがあったのです。あとは冷めた見方かもですが、600(Ⅲ)を嚆矢とする2100や1000(Ⅱ)に至るフロントスタイルの如く大量生産されなかった稀少性もあるかも・・・数が少ないのは目立ちますからw
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・2013年1月24日 金沢文庫 2011

そして5年前の2013年、ファーストナンバーである2011編成に白太帯が再び纏わされました。不揃いの側窓with3扉がなぁとボヤいても、遠目に見れば目にも美しい往年の姿。120km/h運転開始で食い入るように眺めたスピードメーターと、フロントガラス越しに飛んで行った車窓を私は忘れません。

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by odoriba96 | 2018-03-16 17:37 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2017年 12月 17日

そんな・・・まさか・・・

鉄道車両の保存云々について、口先だけならば幾らでも言えますが・・・。我が国に於いては、かくもどうにもならないのでしょうか。俗説ですが、その車両個々の価値を評定する機関の無いこと、暴論を承知で言えば、産業遺産ではなく仏像の類や超古典の木造建築にしか興味を示さず賛美しない、大多数の「国民性」がその全てと言えるのではないでしょうか。
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※2010年7月2日 彦根

何が何かって・・・近江鉄道の保管電機解体って。舶来品も含めて貴重なもの、特にED14がフルで残っていたのは空前ですが、未来は喪失されてしまったようです。己の無力さを含め、年末ならではの失意からもうこれ以上語る気力は無く、絶望に尽くします。鉄道趣味って、いつから、いつから、絶望に満たされるようになっていたのでしょう。げに旧き昭和脳は、つとめてそう思わざるを得ないのです。

※追記:まさかとは思いますが、2020年五輪絡みで鋼鉄の額面が上昇・・・ゆえではないでしょうね。かつての中華五輪の例がそれで、国内の某保管車両が纏まって鉄屑になったそうです。事業者名は明らかとされていませんが、私の中では想像がついています(何
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by odoriba96 | 2017-12-17 22:48 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(0)
2017年 05月 23日

川口のデハ236、京急への里帰りの途!!

巷間で散々公にされている、埼玉県川口市青木町公園で長年保存されてきたデハ236の京急への里帰りですが、某氏のレポの通り無事に昨晩旅立ったそうです。

弊ブログのデハ236撮影画像が情報番組で取り上げられた記事はこちら
その2008年2月18日訪問時のデハ236の記事はこちら
ついでではないですが、油壺マリンパークにかつて保存されていたデハ249-250の記事はこちら

さて、ハナシはこれで終わり?ではなく、某氏からのタレコミによればデハ236の里帰りは滞泊を伴うものであり、運送会社からして某所にて滞泊するのではとのこと。それは是非見てみたい!ということで、本日の公休日に連休でもないのに出向いてきました。京急の実車を追う事は殆ど無くなりましたが、やはりウチにとって「昭和の京急」は今でも胸ときめかせるコンテンポラリーなのでしょう。でなければ、どうして足を運びましょうか?
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本日もアツくなりそうなので、熱中症対策を万全にしてお出かけです。
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現地界隈に着きました。って、場所を伏せても画像でバレでしょうw

ところがアタリをつけていたポイントには確かにそれと思しき敷地はあるも、デハ236は影もカタチもありません。こりゃ公道から目に入らないエリアに押し込められたか?とも思い、某氏に結果報告としてメールを送信しつつ、それでも諦め切れないウチがアタリとは全く別方向へと歩いていたら某氏より直電w ウチが居るポイントの状況を説明していましたら・・・
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!!!!!!


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いたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!


ブルーシートに覆われた細長い躯体なぞ、そうそうあるもんではありません!!見誤ろうはずもなく、あれは滞泊中のデハ236そのものでしょう!!
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接近します!!画像真ん中でブルーシートから顔だけががコンニチワしているファニーな躯体は、デハ236!!1930(昭5)年3月生まれの御年87のご老体は里帰りの途でくつろいでいる様子です。周辺に他の同業者はネズミ一匹居らずで、まあ動かない電車に興味を抱く向きが少ないのは無理からぬことです。
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ズームアップ!!青木町公園からの旅立ちに際して掲げられていた素敵なメッセージボードもそのままです。現役時代はここに運番や種別、海水浴特急のヘッドマーク等を掲げていました。
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ウチが青木町公園を訪れた機会は2度あり、その当時は残っているだけで「もうけもん」と感じましたが、その未来のルートの一つとして「京急への里帰り」というのは絶対に想像出来ませんでした。なぜならそれは究極の理想であったからです。世の中、そんな事が本当に起こるのです。
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里帰りの行先は地元「横浜」。この「横浜」というのは修復後の最終的な安住の地と言われるMMの京急本社新社屋の所在を指すと思っていたのですが、どうやら修繕の場が金沢八景っぽいとも聞きます。それゆえの「横浜」でもあるのでしょうね。
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恐らく今夜あたりにここを発ち、横浜を再び目指すのでしょうか。よもやの里帰り、青木町公園で朽ちながら過ごした時間は、決して無駄ではなかったのかも知れません。

さて、今回のデハ236里帰り搬出記念として、ウチが青木町公園2度目の訪問となった2008年2月18日撮影の、旧ブログ未公開画像を以下に蔵出しします。そこには何故川口にデハ236が来たのかを解く鍵が無いかも?(何
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散々言われている事ですが、隣のキューロクは手厚く屋根付き保存なのに、デハ236は・・・でしたね。この当時でも管理者が違っていたのでしょうか?兎に角、半鋼製電車の野ざらしは致命的です。
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南面は言わずもがな、褪色が特にヒドかったです。京葉線の205系量産先行車のカラーテープが、海側だけローズピンクみたいになっているのを見るたびに、このデハ236の状態を思い出させられたのです(違
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それの乗務員室周り。
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連結器周りなんかも撮っていますが、やはり上回りよりはしっかりしているように見受けられました。といってもそれは9年前の事です。
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車内の製造銘板、「昭和四年」と見えますが?竣工届日は資料上昭和5年3月・・・果たして。
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検査板における検査周期の「51-6」は何となく解しますが、「11-2」は青木町公園での塗り直し時期(平成11年2月?この撮影時は2008(平20)年なので)でしょうか。だとすれば当時でも最後の塗り直しから9年経っていた事になります。
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腐れきったロングシートのフトン。客扉はステンレス製で意外性がありますが、ちゃんとマメに大なり小なり手を加えられていたわけですね。デハ236の廃車は1978(昭53)年3月です。
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そのデハ236に関する解説板がこれです。「市民からの強い要望」というのが川口に保存された経緯というか理由の一つと察せられますが、そもそも本当にそんな要望があったのか、ご都合的にハナシを盛ってやしないか、今となっては謎が謎を呼ぶ解説板の内容です。真実は如何に?

いつかデハ236号の修復が了して、何かの機会に目にすることができたらいいなと願っています。

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by odoriba96 | 2017-05-23 20:11 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2017年 04月 19日

横浜市交通局ブルーライン・3000V形!!

言うても、今月頭には営業運転を開始しています。
しかし沿線在であっても、二十四時間監視体制にあるわけではないので、実車を目にできたのは数日前、そして此度のようにコンデジで記録できたのは既に下旬に差し掛かろうという頃合いですw しかし減速時のインバータ制御器の音色が独特で、一目ならぬ一聴?で特定できますねw
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横浜市の1・3号線・・・もとい、ブルーラインの3000形は、1993(平5)年3月のあざみ野延伸時に新製された3000A形が嚆矢。もちろん、当時は「3000形」との単純呼称でした。3000A形のファースト編成は3241Fで、これはあざみ野開業前年である1992(平4)年夏に運転開始した先行試作編成です。3000A形は最終的に3311Fまでの計8本が製造されました。
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此度ロールアウトした3000V形は、これら3000A形の「四半世紀落ちグループ」の置換を目的とされています。いよいよ「3000形で3000形を置き換える」瞬間が来たのです。尤も、3000A形の嚆矢である3241Fから、此度の3611Fまで30本以上の増備を重ねているわけですから(4ケタ車番の中2ケタ、即ち百位と十位が1000形からの通しの「編成番号」)、無理からぬことです。
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車外表示器における次駅表示やフルカラーLED化等、前回導入分の3000S形からは進んでいます。他方、いつまで3000形として増備するのか?という興味もあります。かつての親方日の丸の国鉄よろしく、別形式レベルでのマイナーチェンジも何のそのの勢いで115系や103系、415系を増備したが如く突き進んでゆくのでしょうか(何

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by odoriba96 | 2017-04-19 22:41 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2017年 03月 09日

台湾製糖の巡回車

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横浜駅界隈に用件があったので、そのついでに見てきました。
地元なのでそのうちにと先延ばししていたら・・・もう後が無かったりw
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 原鉄道模型博物館で催されている「台湾の軽便鉄道展」に絡んだ実車の展示で、はるばる現地より運ばれて展示されています。そのビジュアル、手前の人物と比しての通りとってもミニマムで可愛らしいものです。車両用途は巡回車・・・軌道巡察車とも言いましょうか。要はレールカーで、例えばお偉いさんなんかが視察をする際に用いたりしていたはずです。製造年は1921(大10)年で車齢96年を数えますが、現在も動態保存されているとのこと。
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解説板の概略によりますと、ゲージは軽便ではメジャー?な762mmで、車両寸法は長さ3.5m、幅1.8m、高さ1.7mとのこと。但し車両寸法は、足回りを含めない車体本体のみの数値ではないかと思われます。車体標記によれば車番は111、定員は12人、自重は2噸とあり、自重数値が事実であればトラック並みなので、万一の強風で飛ばされたりしないようにか、台座と車両が括りつけられています(というか単に輸送時の緊締状態のままなのかも)。
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側扉は片側面に1箇所ずつ、点対称で配置されています。展示場所で帷子川に面している側の前面の右端窓が、窓枠が落とし込まれていて中の様子が伺えます(車内の立ち入り公開は土日の時間限定です)。
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床面の手前にある水色の四角い張り出し、これは反対側の前面から見た限りではメーターやスイッチ類が配されていました。車内は事業用ですから実用一点張りで、見ての通りDD13のような中央運転台(違 が設置されています。
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ズームアップします。
逆転機、クラッチ、アクセル、シフトレバー、そして銚子電鉄デキ3よろしく制動装置はハンドブレーキオンリーと、原始的な機械式気動車のスペックそのものとなっています。
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前照灯の取付具合が手作り感満点ですw
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車輪が独特というか、スポークでもプレートでもないというか、C62のようなボックスポークなビジュアルです。
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腰板のロゴ、ウイング状のものは「糖台」と見えますから台湾製糖のものでしょう。その下の「ホホ」は一体?
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見ての通りの愛くるしい超木造の巡回車、カワユスなぁ~とハナの下を伸ばしながら舐めるように観察してきました。同博物館に入館せずとも見れるこの巡回車の車両展示は13日までです。

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by odoriba96 | 2017-03-09 18:56 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2017年 02月 24日

過去画像などから振り返る「琴電600形おまとめ」

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※2002年12月 仏生山工場公開にて
左から2番目の613Fは600形としての最終増備編成で、且つ琴電における路線別カラーの嚆矢となった編成です。右端の611Fの如き「コトデンそごうの包装紙デザイン」カラーは、これより逐次消滅の一途を辿る事になりました。


先日の一連の讃岐行記事ですが、そこでほぼ触れられていない琴電600形について、ウチの記録を基にウチなりにさらっと纏めて置きたいと思います。なお、実車に関する基本諸元や種車車番等はwikiナントカを参照いただくとして、ここでは糞ブログらしく角度を変えて纏めたいと思います。

・・・続きを読む・・・
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by odoriba96 | 2017-02-24 13:26 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(0)
2017年 02月 05日

東武日光→浅草の特急は午前1本のみしかない件

表題の通りです(何
この衝撃的な一件を知ったのは「今朝」でした・・・。

「こ糞い観光地」× 「国際観光地」〇 であろうはずの日光へのアクセスとしての地位、もはや東武はその座に無いという事か。JRは問題外・・・かと思いきや、新幹線で宇都宮からローカル乗り換えというのが寧ろアリなのか?わからん!!

というわけで・・・
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E26系「カシオペア」がデビューした1999(平11)年のJR時刻表から、東武日光発の浅草行特急を抽出してみます。
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「けごん6号」 東武日光9:55→浅草11:43  ※毎日運転
「けごん12号」 東武日光11:55→浅草13:43  ※運転日「B」
「けごん16号」 東武日光12:55→浅草14:43  ※運転日「A」
「けごん28号」 東武日光16:24→浅草18:12  ※毎日運転
「けごん34号」 東武日光17:53→浅草19:41  ※運転日「A」

運転日「A」=4/21~5/31・7/20~8/31・9/21~11/23・12/30~1/3
運転日「B」=金土日と4/21~5/31・7/20~8/31・9/21~11/23・12/30~1/3


・・・上りの定期が2本だけとか20世紀末から大して変わってません(愕然
というか、ウチのアタマが旧いのでしょうね・・・。日光言うても、結局は温泉地ではないし、鬼怒川のようなオーバーキャパのホテル群があるわけでもなし、いわば「修学旅行都市」なのでしょう。対しての鬼怒川系統は、この1999年時点でも上下とも毎時1本は「毎日運転」です。
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・1989(平元)年12月31日 東武日光

いま改めてアルバムと照合した結果、「1年」のズレがありました。実に人間の記憶というのはおぼつかないものです。この画像の6050系はウチが乗車した「初めての東武電車」だったのですが、この乗車年、ウチはずっと1988(昭63)年と思い込んでいたのです。

1年のズレは考証上で大きな齟齬を生みますが、それはさておくとして、この6050系が「初めての東武電車」という事実に万感たらしめたる思いがします。実はこの時の年末年始の家族旅行における日光行、当時の親の目論みは「特急乗車」でした。しかし当時は糞バブルの余韻真っただ中、手配も試みるも特急は満席で選外となってしまったのです。

もしこの時、特急券が確保できていたならば、ウチは生涯最初で最後の17形DRCへの乗車が果たされていた事限りなし(この時100系「スペーシア」は生まれていません)。そんなこんなで浅草から6050系のボックス席に収まったわけですが、ウチは「鉄道ファン」誌の新車ガイドで聞きしに及ぶ6050系の「折り畳み式テーブル」や臙脂色が鮮やかなシートモケットに魅かれていたので、当時は特急よりも6050系に乗れたことに感激したものです。

果たして2017年、17形DRCはとうの昔に消えましたが、6000系から引き継いだ半世紀超の台車周りを有す(新製車は除く)6050系はいまだに生きています(・・・しかし遂に休車が発生とか)。そんな6050系も、いよいよ去就が注目されようとしています。500系「リバティ」のデビューで東武の優等列車体系もやがて大きく変化する事でしょう。

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by odoriba96 | 2017-02-05 20:45 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(6)
2016年 10月 18日

響け♪ユーフォニアム2・第三回予告ほか



予告動画というのは得てしてミスリードなきらいがありますが、第三回はこれだけ見るとストーリーに盛り上がりが無さそう?まあそうさせておいて裏切るのが予告動画なんですがw ほどほどに期待しておきます。

さて・・・
全くネタ変わりしますが、来年早春の頃に四国行の運びとなりました。
まだ具体的な日程などは未定ですが・・・
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※2011年11月18日 瓦町

お目当てはもちろんこれ!!
思い返せばウチが最後に琴電を訪れたのは→2011年秋以来ですから、無事催行されれば約5年少々振りとなります。

琴電の京急譲渡車でも最古参となる、京急600(Ⅱ)→琴電1070形も2両3本中1本が廃車となったのみで、残る2本のうち1本は何と来年2017年で車齢60年の還暦を迎えてしまいます。一体いつまで走り続けるのか?そしてウチ的イチバンの推し形式である、京急1000(Ⅰ)→琴電1080形も初期冷改車の溜り場で高齢化車界に達し、2両6本中1本が廃車となったのにとどまり、残る5本の車齢も今年現在で57~56年と四捨五入すれば還暦の有様で、こちらもその去就が大いに注目されましょう。
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※2011年11月18日 仏生山

既に戦前生まれの古典吊り掛け駆動車両はイベント用の動態保存車となり、十数年~20年前までのような奇跡の楽園はとうに滅亡しましたが、いまや時代は変わって初期高性能車たちがそのポジションにあります。古典吊り掛け駆動車両群のような1両ごとの形態差には富まないものの、それらの初期高性能車に馴染みと思い入れを抱くファン層は多く、今後も地味?に注目を集め続ける事でしょう。ウチにとって約5年振りの琴電、どうのような表情を見せてくれるのか今から楽しみです。
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by odoriba96 | 2016-10-18 08:29 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(2)
2016年 07月 28日

情報番組において弊ブログ(旧ブログ)の画像が使用されました

先日の事ですが非公開コメを通じ、表題の通り当該局の担当者より番組中で画像を使用したい旨、その可否を伺いたいと連絡がありました。早速携帯での直接のやり取りの結果、怪しいもの?ではない事が確認できましたので、画像は使用可能である事とノンキャプションでという旨伝えておきました。そして昨日、当該内容が放送されたようで・・・
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連絡を受けたのはこのレポーターからでした。しかし名前を見てビックリ、同姓同名にしては出来過ぎじゃないか。しかも有名なほうはフリーだが当該局の出身だし。当該局担当者の申し出時の名がコレだったので、もともと疑り深いウチは救いようのないぐらい疑ったのです(爆
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どうでもイイですが、これって汽笛だったの?
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一部では有名になっている川口のデハ236、現所有者が管理放棄するので、タダであげるよん♪というものです。しかし「タダより高いものはない」ではないですが、輸送費は実費(概算¥1000マソ)なうえ個人は受け付けず、法人の譲渡先に限定されるとのことです。
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カトーの説明書じゃあるまいに「末永く」を連呼する現保有者側ですが、それはこのような事態に陥った事への悔恨というか、そんなものを滲ませているように思えた。しかしその「末永く」がいかに難しいか、結果「末永く保存できなかった」当事者であれば重々承知しているはずで、随分虫のいい事を言うよな・・・と感じたのは穿ちすぎでしょうか。
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そして肝心の弊ブログ(旧ブログ)提供の糞画像はこれ。
あのサイズからよく綺麗に拡大できたなと思う。元画像は提供していないからね(というかオリジナルサイズは多分残していない)。その2008年の川口のデハ236保存車訪問記事はこちら。上掲の画像も収録してあります。

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by odoriba96 | 2016-07-28 09:57 | 実車趣味(民鉄その他) | Comments(4)